第12話「輸送車の中で」

平治と垣が警ら隊本部に戻って報告を済ませた時、上司から笑われた。


「お前ら、地球隊員にしては肝っ玉が座ってるな。お前らの先輩は毎日吐きながら鍛えられてたぞ」


暴力が公然とした衛星と、平和な地球の警察では警官達の意識もやはり異なっていた。


地球の警官は、法律に則った職務か、法律や書類の手続きに不備はないかと神経をすり減らすが、拳銃にサビが浮いてても気づきもしない。



一方衛星の警官は、法律に間違いがあっても、身体が無事ならOKというスタンスであった。

よって、拳銃や警棒は手入れが行き届いていたが、参考書や法律全書はだいたいホコリを被っていた。


さらに、押収したモヒカンの携帯端末から事態は急転した。


モヒカンの位置情報から住処と立ち回り先が推測された。


そして、モヒカンはチャットで、武器や薬の密売をしていたことが判明した。

ファイルに武器や薬の写真を多数保存していた。


薬は出所は不明だが、武器に関しては地球の「東側」の出自のものや、ポリティカルディフェンダーズが所持しているものと同一のもの等が確認されたのである。


この情報には組織犯罪対策部と、公安部が食いついた。



組織犯罪対策部は早急に立ち回り先の捜索令状を裁判所から取り付け、公安部が警備部に支援を指示した。


平治達が端末を持ち帰った3日後には、モヒカンの居宅を捜索することとなった。



輸送車には数人の捜査員と、サブマシンガンや盾を所持した特殊部隊員が乗っている。

衛星では、犯罪組織や犯罪者の根城を捜索するとき、銃撃戦になることもままあるのだ。

スラムの雑居ビルを目指し、高架道路を疾走する。


現在時刻は朝5時…


一様に張り詰めた表情をした中、一人だけうたた寝している者がいる。


平治だ。

垣はそんな平治をハラハラしながら見ている。

さっきから肘でつついて起こそうとするが、平治の屈強な上腕二頭筋には通じていない。


平治と垣は機動部隊に準じた兵装をさせられ、防護アーマーを着用している。

これはアナログな代物で、単なる衝緩ポリマーの詰まった軽量鎧である。


平治と垣はモヒカン一味の顔を見ている。

住処に潜伏している事を考え、駆り出されたのだ。


警察はまだ、モヒカンが芳田教授に殺戮された事実を知らない。


平治の猛獣のような寝息のせいか、前の席に座っていた特殊の隊員が立ち上がって振り向いた。


「居眠りか…余裕だな」

目出し帽の中から、切れ長の美しい目が見える。身長は平治くらいありそうだが、体格はスマートだ。


「すいません」垣が焦って言った。「この野郎、朝に弱くて。おい起きろ!平治!先輩方は起きてんだぞ」


平治は起きない。


「これから薬物犯の根城に行くのに、大した度胸だよ」と美しい目の男は言った。


「こいつ、軍隊上がりで…陸戦隊の奴ものしてしまう豪傑でして…気を悪くしないで下さいまし」垣がへりくだって言う。


「おお、彼が!」切れ長の目が見開かれた「部隊でも話題になってたよ。地球の警官が陸戦隊員を叩きのめしたと。なるほどこの男か」


すると、切れ長の目の隣の男も立ち上がって振り向いた。

捜査員だ。40代目前くらい。短髪で、なぜか車内なのにフェドラハットをかぶっている。

身長は175cmくらいか。

スーツに防護ベストを着ている。


「へえーこいつね」と捜査員「でけえなぁ。そりゃ、ネオシティのチンピラをぶっ飛ばすわけだよ」


「どうもお騒がせしましてすいません」垣が言った。このような事態を招いて、捜査員達に大々的な仕事をさせている負い目がある。


「いいよ別に」と捜査員「たぶん、俺が思うに組対(そたい:組織犯罪対策部の略)はそこまで本気じゃない。モヒカンだってよくいる大手売人の一人だ。どっちかってえと、本庁と公安が本気になってんのよ。PD団を叩く糸口になるかもしれねえからな」PD団とは革新政治結社ポリティカルディフェンダーズの略称だ。


「組対から本庁に『あまり大事にしない方がいい』と進言があったそうですね」と美しい目の男


「なんで知ってんだよ」


「ハムの連中が愚痴っていましたよ。『組対の連中がやる気がない』と」


「やれやれ。やる気がねえんじゃなくて、今は潮時じゃねえってだけなのに。」捜査員がため息をついた。「微妙に売人もシンジゲートたちも均衡が崩れかけてる。あちこちで火花が散ってんのよ。今サツが横槍入れてもいいことねえよって話。失うもんがねえ奴らは狂犬のように反撃して来る」


「難しいですね」美しき目が言った。「私ら機動部隊はハムと本庁のコマですから。口は出せません。」


「まあ、俺らもコマさ。検察部のな」捜査員は垣を見た「お前さんたちも地球で楽しく暮らしてたのにな。政府の意図か忖度か知らねえが、衛星くんだりまで気の毒なこったぜ」

捜査員はにこっと笑って、手を差し出した。


「俺は組対の根須(ねす)だ。根須エリオ。地球のお巡りさん、よろしく」


すると、隣にいた美しき目がバラクラバをずらし、手を差し出した。古典芸能であるカブキの演者のように切れ長の目をした美男子である。

「私は第9機動部隊、銃器レンジャーの氷上だ。氷上平八郎(ひかみへいはちろう)。よろしく頼む」


垣は二人の警察官と握手を交わした。

「地球は日本自治区のカーボン派出所、垣です」といって、平治をつついた。「こいつは相棒で軍隊上がりのタフガイ、五百川平治です。」


そして垣は頭を下げた

「今回は大事になっちまってすいません」


「いいって、もう。お前、地球の刑事にだいぶ文句言われてるんだな」根須は笑った。「だが、正直言うと、お前らが割と大きそうな案件を引っ張ってきて、組対の中でも文句を言っている奴はいるぜ」


垣は緊張の面持ちになった。


「気にすんな。それが俺たちの仕事なんだからよ」と根須。


「それに」と氷上「謝るのは早いかもしれないよ。もっとマズい展開に転げ落ちていくことだって、この仕事じゃああり得るんだからな」


「余計な事言うんじゃねえよ!」と根須が言った。「これからガサ入れだってのに!」




輸送車は高架道路を折り、スラムへ進入して行った。


道端の浮浪者や犯罪者たちは、忌み嫌うまなざしを投げかけながら、輸送車を避けるように路地の奥へ消えていった。

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