第2話「特派弁当」

高機動車のヘッドライトや、強力ライトで照らされた巡査達は、異様な歓迎にただ呆然としている。



逆光の軍服がトラメガで話を始めた。



「私は宇宙軍総司令部の堅岩勲軍曹だ。正確には宇宙軍付で陸戦隊所属だが」



竪岩軍曹はおそらく40代過ぎで、眉毛と頭髪がなく、引き締まった体躯、首と顎まわりの境界は明確かつシャープであった。

シャープなフェイスラインは節制する男の証である。



「残念ながら君たちの先輩は半年で殆どが音を上げて地球に帰ってしまった。怪我をしたもの、精神的に参ってしまったものが大半だ。何があったかは警察部から聞くといい」





軍曹は忌々しそうに言った「困った政府はとにかく、頭でっかちになる前の、若くてイキのいい警官を集めてくれと要請した。それで連れて来られたのが、気の毒な君達だ」



軍曹は熊のようにウロウロしつつトラメガで続けた。



「君達がこのネオシティで1日でも安全で過ごせるように、政府は警察部をすっ飛ばして軍部に研修するように命じてきた。地球との環境の違いでショックを受けないようにとな。気の毒だが、政府にとっては、軍より警官の方がこの上なく使い勝手がいいんだ…この中で、事件対応で犯人と数分間格闘した事があるもの挙手!」



数人の巡査が挙手した。五百川もその一人だった。



「それでは銃撃戦の経験がある者!実戦で拳銃を使用した経験でもいいぞ」



誰も手を挙げなかった。



「よし分かった!研修は1週間だ。明日から6時にこのグランド集合だ。宿舎や生活に関する雑事は警察に聞くように」





そこまで言うと、軍曹は高機動車に乗り込み風のように去った。



五百川は走り去る高機動車の尾灯を目で追った。



警察部の幹部バッジを着けた職員も数人いるが、呆気にとられて、同じように走り去る軍曹の高機動車を見つめていた。



軍隊のつっけんどんに要点だけ告げる様…五百川は一抹の懐かしさを感じた。



「おいおいおい!なんだよ研修って…なんで軍隊がそんな事するんだよ、俺達警察だぜ?」後ろから、垣が憔悴したように耳打ちした。

「まさかあのおっかない軍曹に新兵訓練されるんじゃないよな?罵られて、泥まみれで腕立て伏せさせられるのか?俺はやだよ!」



五百川は肩をすくめた。

おそらく、垣の心配は近くはないかも知れないが、決して遠くはないだろう。



警察部の幹部がトラメガを取り出した。

「アーアー。本日は晴天なり。本日は晴天なり。試験中」



ネオシティの空は、街明かりに照らされた紫色の雲がどんよりと立ち込め、その背後は漆黒であった。



「皆様お疲れ様でございました。軍部の方から説明のあった通り、明日から1週間研修となります。宿舎に荷物を積み、これから弁当を配りますので自室で食事を取って、大浴場で風呂に入ったら休んでください」



警察部の職員が続けた。

「我々も初めての事なので…軍部がどうされるか分かりませんが…とにかくよく休んで早起きしてください。体調管理だけはしっかりお願いします」



五百川は、ごま塩をふった大盛りのご飯と、茹でて醤油とマヨネーズで和えただけのパスタしか入っていない弁当を受取った。



たいていの巡査は言葉を失っていたが、五百川にとっては割と好みであった。





垣は耳元でひたすら弁当の悪口と組織批判、軍部批判を展開している。



五百川は振り向いて垣に耳打ちした。

「忘れてた。もうひとつ特派の秘訣があったよ、垣さん。」



「えっ、なんだいそりゃ」



「秘訣その4 特派の弁当は期待するな」

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