宇宙警察ドラスティック・ヘゲモニー
差掛篤
第1話 「連島ネオシティ」
寝返りをうつと、枕もとの端末が床に落ちた。
拾い上げようとすると、隣の男と一瞬目が合った。
想像していた以上に宇宙船の集団居室は狭かった。
長方形の部屋に20台のベッドが向かい合って対に並び、ベッドの上では坊主頭や角刈り頭の男らがそれぞれ寝転んでいる。
現在西暦3887年4月5日午後7時過ぎ。
衛星「連島」への到着は間もなくである。
寝ていて出遅れた奴が、慌てて制服を着始めた。
階級章は真新しく、巡査だ。
他の寝転んでいる連中もみな巡査だろうか、たしか、名簿では自分含め全員巡査しかいなかったはず。
ベテランはいない。
所属や年齢からして、教育隊を出て派出所に出たばかりの若い連中ばかりだ。
ひょっとすると24歳の俺が一番年だったかもしれない。
西部第5自治区警察部巡査 五百川平治(いもかわへいじ)はそう思って、周りを見渡した。
やはり皆自分より若く見える。
自分は一応拝命して1年と少し時間が経っている。
感覚としてはまだまだ新人感覚は抜けていない。
幹部から派遣を命じられた時、言われたのは
「本庁はとにかく足腰の立つ、若い奴を送ってくれという事だった」
幹部が書類に目を落とし、五百川の顔も見ずに説明した光景が頭に浮かんだ。
西暦2000年代中期から後期にかけ、地球の宇宙進出は花開いた。
次々と宇宙探査、小惑星探査が行われ、領地獲得や資源採掘に地球各国は躍起になった。
人工衛星は積極的に運営され、人工衛星のノウハウを基に大規模植民が可能となる人工植民惑星が開発された。
日本政府は人工植民衛星「連島」の運営を開始。同衛星を中継地として、長い年月をかけ大規模人工植民惑星【黒門】を設立した。
黒門惑星との交通中継地として運営された連島は、集まる資源と資本、成功を夢見る労働者たちにより、大きな経済効果と目覚ましい発展がもたらされ、大都市衛星へと姿を変えた。
だが、近年その連島衛星で警察のマンパワーが不足し、急速な治安の悪化が進んでいると政府は認識した。
政府は警察部庁へ働きかけ、日本にある自治体警察へ警察官の「連島衛星特別派遣」を開始させた。
これが連島への地球自治体警察派遣のはじまりであった。
派遣開始から半年後、第二部隊として五百川を含め大勢の巡査を乗せた宇宙船は連島へ向かった。
五百川は、なんとなく自治体警察部が本庁の要請を黙殺したのではと思った。
実際は指揮官も派遣するように要請されたが、ベテランや中堅を派遣に取られた場合の体制弱体化が嫌でルーキーだけを差し出したのではないかと。
「大丈夫、現地本部もいるし、宇宙軍のバックアップもあるらしいから。案ずるな」
幹部は五百川の顔色をちらと見て、そのように言ったのだった。
「ねえ、西部第5の五百川さんだね?でっかいねえ。185cmはありそうだね。俺、西部第6。同じ管区だね」
先ほど端末を拾う時目の合った男が話しかけてきた。
「俺は垣です。垣貴基(かきたかき)。カーボン地区分屯所で派出所勤務してます。」
垣はやや出っ歯で眉毛が上がり、ひょうきんそうな顔をした小柄な男であった。
友好的であるとアピールしているのか、過剰にニコニコしている。
「カーボン地区か。サービスエリアでカーボンせんべいは食べたことがある」五百川は笑顔を見せ答えた。
警官同士というのは、どっちが上かと腹の探り合いをする奴が多い。
垣の態度からそのような心配はなさそうである。
五百川は垣と握手した。
「うわ、ゴツイ手だね。武術採用?柔選抜かい?」
「ちがうよ」と五百川。「俺、一般採用で剣術コースなんだけど、いつもそう言われる」
「そりゃごめん!」垣が舌を出しておどけた。「そういや名簿を見たよ、五百川さん。機動警らなんだって、優秀だね」フォローなのかほめるように言った。
「若い人がいないんだ。定年したベテランの後釜だよ」と五百川。事実である。
垣は、話をつづけた。
「実は俺、平和な派出所しか経験ないんだ。部隊活動や、こんな特派の経験ももちろんない」
垣はベッドの上に正座して、横になっている五百川に話した。
「五百川さん、特派の経験は?」
「何度か」と五百川「第6での土砂崩れと、経済何とか会議の警備出動とか」
「それなら慣れたもんじゃない」垣が言った。「慣れた五百川さんなら、大した問題じゃないかも知れないけどさ」
垣は正座をやめ、ベッドのふちに腰掛け、五百川に近づいた。そして、やや声をひそめた。
「正直ね。俺は特派が決まった時、喜んだのよ。めちゃめちゃ遊べるって。ネオシティの夜を練り歩いて、ワケわかんねえ色のカクテルを飲んで、デカいグラサン付けて、クリックボールで遊んでさ。大勝ちすりゃあ、点呼ギリギリまで衛星の女の子と楽しもうって。そりゃあもう空に24金が光るような夜遊びパラダイスさ!だからマジで節約生活して金貯めた」
「特派じゃよく聞く話だよ」と五百川が苦笑して言った。
「それが、俺の見立てが甘かったんだよ。」垣は顔を曇らせた「俺が出発する5日前、先遣隊だった先輩が帰ってきた。先輩は派遣期間1カ月の予定が、半年に伸びてたんだ。半年ぶりに帰った先輩は即休職。精神疾患で入院しちまった」
「そりゃまたなんで?」
「それが…」垣がさらに声をひそめ言った。「この特派はヤバイらしい…俺達はとんでもない場所に派遣されるらしい」
「連島ネオシティだよな?」
「そうさ。入院服を着て、薬で話ができる状態の先輩が教えてくれたのさ。先輩、安定剤をテレビカードで砕いて鼻から吸うんだぜ?イカれてる。コ○○ンじゃあるまいし……鼻を粉まみれにした先輩は言ったんだ『あすこは地球とはまるで状況が違う…何もかも…俺達のような平和な世界で生きる地球の警官が来るべき場所じゃない』つって……」
垣がしゃべり続けるのをさえぎるように、船内放送が流れた。
「えー、伝令から各隊員あて。伝達事項です。」伝令の声がスピーカーから響いた。「連島警察部から急報で、入港予定の宇宙港がテロ予告を受けたとのことです。現在、現地隊の爆処理が検索中で、当船は宇宙港へ着港せず、衛星に入ったのち迂回して連島警察部のグラウンドへ着地します。以上」
「マジかよ」垣がつぶやいた。「テロ予告なんて、自治体警察じゃ聞いたことないよ」
巡査たちは若干動揺してざわめいた。
「テロがあるのか?」
「連島は地球より物騒だと聞いてきた」
「拳銃の貸与は現地入りしてからだよな?」
「まてまて、俺たちが何かすることは絶対ないはず…」
終わっている身支度の再確認をする者や、支給品の数を確認するもの、半長靴を履き始めるもの、宇宙港周辺の地図を確認するもの様々いた。
「やべえなあ・・・五百川さん、俺が言えた事じゃないけど。こんなひよっこばっかりで大丈夫かね。しかし」垣が周囲を見回し、つぶやいた。「五百川さん、特派でうまくやるコツなんかないかね。ハブられず、上から睨まれず、楽しく仕事する秘訣」
「垣さんほど口達者なら大丈夫だろ」五百川は笑った「じゃあ、俺の少ない特派の経験で見出した、特派の『三つの法則』を教えるよ」
「なんだいそりゃあ」と垣。
「その1、下っ端がいろいろ思案しても意味はない。
その2、突然指示が180度変わる事がある。聞いてないよは通用しない。
その3、だいたいブリーフィング(事前説明)の7割増しくらいで現場の状況は悪い」
「全然秘訣でもなんでもねえじゃんか!」垣が叫んだ「仮病使ってでも来るんじゃなかったよ。俺は」
「さっきの話だが、そういえば先輩はなんて言っていたんだ?」五百川が垣に聞いた。
五百川の自治体警察部「西部第5自治区」は、これまで連島衛星への派遣要請を受けたことはない。五百川が初の連島特派であった。だから五百川も第一線ワーカーの実情は知らない。
「そりゃあもう…」垣が話し始めると、突然またスピーカーから伝令の指示が飛んだ。
「伝令から各隊員へ。現在のところ特別な指示事項はありません。間もなく宇宙港輸送路を過ぎ、連島ネオシティ上空に出ます。いい景色なのでブラインドを開けてみるといいですよ。以上」
放送を聞き、窓に近いものはそれぞれブラインドのスイッチを押した。ブラインドがスライドして、窓の外が見えた。
真っ暗な空と人口海域が黒一色で広がり、その中で無数の高層ビルが淡い青色の光を放ち浮かび上がっていた。
ビルの間を縫うように、高速バイパスやシャトル列車と言った交通網が絡みついている。規則正しく光る交通網の街灯が待ち針のようであった。
上空から見ても、どこから地上で、どこから人口高層地盤なのかわからない。
近づけば街は青色一色ではないことに気づく。
極彩色のネオンでビル群は彩られ、カクテルのような光を放つ看板が隙間なく設置されている。「サウナ」「天然牛肉」「小麦料理」「マッサージ」「人工網膜」「脱法あり」
外国人の呼び込みに一役買っているであろう、ホログラムの巨大な花魁が、魅惑的なまなざしでこちらを見た。
サーチライトが虚空に飛び交い、飛んでいる宇宙船や、輸送飛行船、広告飛行船を照らしては通り過ぎていく。
「見えるかい?五百川さん」先ほどの不安はどこへ行ったのか、垣が興奮を抑えきれない様子で言った「こいつが『連島ネオシティ』だよ!」
「『首都地区を越えるネオシティ構想』だったっけ。これは確かに大都会だ」五百川が言った。
連島ネオシティの周囲を回るように飛んだあと、宇宙船は街中へ進行した。
器用にビルや人工地盤、交通網の間をくぐり抜けて、連島警察部へ上空から接近した。
巡査らは荷物をまとめ、緊張の面持ちで着陸の様子を窓から眺めた。
五百川はグラウンドの隅で展開する部隊が目に入った。
見慣れた四角いバスやワンボックスタイプの警察輸送車ではない。
ダークグレーの大型四駆…高機動車であった。
また、部隊は白やグレーの幾何学迷彩を施された戦闘服を着て、軍用小銃である21式カービンをに手にしている。
軍だった。
軍は周囲を警戒し、宇宙船の着陸に合わせ素早く展開した。
それほどまでに特派員を護衛する意図を、五百川は図りかねた。
そして五百川は記憶の奥から高機動車の思い出と、市街戦迷彩の戦闘服を思い返し、懐かしんだ。
高機動車の荒々しい揺れと、汗の沁み込んだ戦闘服、21式カービンは五百川の青春であったのだ。
宇宙船が着陸すると、伝令が明るい声で言った。
「伝令から各隊員へ。到着です。お疲れさまでした。くれぐれもご無事で」
巡査らは荷物をひっつかみ、出口へ駆け出した。
五百川もそれに倣う、垣もついてきた。
「畜生、着いちまったよ」垣が言った。
宇宙船から降りると、次の動きがわからない巡査たちは一塊になって、周囲を見回した。
周囲にいるのは連島警察隊と思われる警官が数人、そして、多数の高機動車と武装した軍人たち。
巡査たちが呆然としていると、瞬く間に宇宙船は飛び上がり、虚空へ消え去った。
次の瞬間、まばゆいサーチライトで、巡査の塊は照らされた。
逆光の中、軍服らしき男がトラメガで叫んだ。
「遠路はるばるお疲れ様!地球の警察官たち!そして、ようこそ。パラダイスへ!」
五百川と垣、そしてサーチライトに照らされた巡査たち、誰一人として笑顔を見せるものはいなかった。
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