第34話「殺戮教授再び」
脚はもはや反抗期だ。
言う事を聞かず、子鹿のように震えている。
鼻呼吸はできない。呼吸しようにも、鼻の奥から湧き出る血糊で窒息しそうになる。
剣を持ち、構える。
切っ先は電子マスクの下、喉元へ。
間合いは約2メートル半。
これならば、敵の攻撃は届かないか…
しかし、剣を届かせるには2メートル以下に入り込まねば難しい。
「怖気づいたか、機動部隊」電子ヘルメットが笑った。「行くぞ」
電子ヘルメット男、カール芳田は野球の投手のように腕を振り上げ、斜めに振り下ろした。
「来る!」氷上は集中して拳の軌道を見切ろうとする。
拳はさながら変化球のように、奇妙な弧を描く軌道で飛んできた。
氷上は、腕を剣ではたき、拳の軌道をそらそうとした。
敵の前腕に剣は当たった。
だが、ほとんど軌道はズレなかった。
鈍器のような威力のパンチが、氷上の左頬を捉えた。
凄まじい衝撃に、氷上は脳震盪を起こす。
倒れそうになる。
しかし、剣を支えにして倒れない。
「倒れないか…気に入ったぞ、機動部隊くん」
若干侮蔑したように芳田がいう。
そして拳を振りかぶる。
振り下ろす。
瞬間、氷上は覚醒したように素早く身を屈め、軌道を予測して剣を振った。
撃剣のカウンター技「出小手」の要領だ。
氷上の剣は、伸びてきた芳田の手首にめり込んだ。
氷上の読みは当たった。
防弾チョッキを着込んでいる自分は、パンチならばほぼ顔面しか狙われないはず…
そこに賭けたのだった。
芳田がうめき声をあげ、長い腕が床に落ちた。
氷上は剣を振り上げ走る。
この間、間合いを詰める。
間合いさえ詰まれば!
氷上は震える脚を酷使して芳田に迫った。
芳田は右腕に連動するようによろめいた。
サイボーグ腕は痛みを感じるのだろうか。
氷上は左頬側へ剣を担ぐ…
示現流「逆トンボの構え」の要領だ。
芳田の右腕は地に落ちて、右顔面が空いている。
そこを狙う。
顔面を電子ヘルメットもろとも砕いてやる。
氷上は血塗れの顔で、鬼気迫る怪鳥声を上げた。
瞬間、空気が張り裂けんばかりの声で芳田も雄叫びを上げた。
「ウラーーーーー!」
恐ろしきコミュニストの雄叫び!
カール芳田は、その革命魂で氷上の剣術魂に応えたのだった。
氷上が剣を振り下ろし、芳田は左腕で肘打ちを繰り出した。
芳田の肘打ちの速さは、氷上の剣速を超えていた。
芳田の肘打ちをまともに受けた氷上は、血しぶきとともに吹っ飛んだ。
激しく床に叩きつけられ、氷上はさらに血塗られた顔で虚ろな目をしていた。
気絶したのだろう。
もはや憎き革命戦士を見据えることすら叶わない。
氷上はぐったりと床に倒れ、動かない。
ただ、その手にはしっかりと剣警棒が握られていた。
芳田は腕を戻した。
「ハラショー、機動部隊くん」芳田は倒れた氷上に声をかけた。「なかなかの気骨だったよ、いや、堪能した。アメ帝の海兵隊に匹敵する蛮勇さだった」
芳田は、倒れた氷上をまたぐ。
そして、エレベーターへ近づく。
「地下は爆破した方が良さそうだな」芳田がつぶやく。「その前に警官たちを片付けておくか」
エレベーターは閉まっていた。
エレベーターは放置されると空調のために自動で閉まる。
芳田は特に気にすることもなく、エレベーターのスイッチを押した。
ドアがスライドして開く。
芳田は何気なく呆けて開くのを待つ。
開いた瞬間、何かが飛び出した。
それは、ナックルガード付の大きな拳だった。
拳は気を抜いていた芳田の電子ヘルメットモニター部へ激しくめり込んだ。
凄まじい威力だった。
木槌で殴られたような、人力とは思えぬ衝撃。
大きな拳と怪力に殴られた芳田は、後方へ吹っ飛んで倒れた。
芳田は、何事かとすぐに体を起こす。
エレベーターには、日系人離れした体躯を持つ筋骨隆々の警官が立っていた。
機動部隊の戦闘服を着て、短髪頭に血が滲んだ包帯を巻いている。
倒された氷上が見えたのだろう。
怒りに燃える顔で、仁王立ちしている。
「君は……!」芳田はすぐに、スラムでモヒカンらを相手に暴れていた警官だと気づいた。
平治は、ゆっくりとエレベーターから出た。
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