第20話「よみがえる記憶」

業火の中、苦しみ悶える兵士。


燃え盛る炎の中、平治は戦友の断末魔を聞いた。


炎は激しく、手を差し伸べる事すらできない。

焼かれていく戦友を、ただ絶望の中眺めていることしかできない。


焼け焦げていく戦友は、際立つ白い目で平治を見つめる。 


絶望の中、助けを求める目であった。


ここは某国、とある離島。


平治らは罠に掛かったのである。


平治はひとり炎の壁に囲まれたが、無事だった。

前方左右は業火、後方は断崖絶壁である。


平治の視線の先、業火を挟んで高台から見下ろす男がいる。


同じ特殊戦闘服を着ている。共に戦地に降り立ったはずだった。


ただ、奴は、上腕にあったはずの日章旗をちぎり取っている。


男は眼光は鋭いが、口元は微笑んでいる。


「平治!」男が言う「これが私の選んだ道だ!」


平治は鬼の形相で、男の名を叫ぶ…そして素早く唯一持っているピストルをホルスターから引き抜く。


しかし、平治がピストルを構えるより早く、男は素早くピストルを引き抜いて平治の右腕を撃ち抜いた。


鮮血が飛び、ピストルを落とす。


その戦闘技術は平治を遥かに上回っている。


無理もない、平治に戦闘技術の全てを叩き込んだのはこの男なのだ。


男が続けざまにピストルを撃つ。


平治は顔面を庇う。


肩、太腿、腕…次々に鉛玉が平治の肉体に突き刺さる。

腹部と胸だけはアーマーが防ぎ肉まで達しない。


「許せ」男は悲しげな声でつぶやく。



もう体力、気力とも限界だ。

唯一無傷なのは頭部と、左腕だけ


平治は絶叫とも咆哮ともとれる雄叫びを上げ、ブーツ横に仕込んだナイフを左手で投げた。


薄れゆく意識の中、男の頭部…おそらく顔面にナイフが突き刺さるのを見た。


その直後、男はさらにピストルを撃ち続け、平治の胸や腹に弾丸を撃ち込んだ。


意識朦朧の平治は撃たれた反動で後ろに飛ばされ、後方の崖から落下した。


崖から落ちたと分かった平治は、考えるのをやめ、意識を失った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「平治!平治!しっかりしろよ!」


目を覚ますと垣がいた。

頭に鈍い痛みが走る。


そうだ。俺は警察官になったんだ。


燃え盛る炎は、平治の苦すぎる記憶を呼び覚ました。


平治は1秒もせずに思い出した。


そうだ、今は某国に武装偵察しているのではない。

製粉所にガサ入れして、過激派の待ち伏せを食らったのだった。


火炎放射器を男が放出し、刑事は火に包まれた。


B班員にも炎は飛んだが、B班の一人が反撃の射撃をした。


平治はすでに垣を引っ張って、右側のトラックの方へ飛んだ。


トラックへ飛んだと思うと、後ろからなだれ込むように飛び込んできたB班に押され、トラックのアンダースカートで頭をしたたかに打ったのだった。


一瞬、平治は頭部へのショックと揺らぐ炎で遠い記憶が蘇った。


軍隊を捨てた、忌まわしい過去。



平治は頭を振った。


今はそれどころではない。火炎放射器の野郎から逃げなければ命はない。


現在トラックの陰に隠れ、火炎により負傷した刑事とB班員を見ている。

B班員は腕のやけどであるが、警備服も燃えて破れ、腕は紅斑や浮腫が広がり、一部では水疱がやぶれてびらんを呈している。


刑事は頭髪も燃えて焦げ、顔の広い範囲で火傷している。

一部水疱を形成し、皮膚の剥離も見られた。

苦しそうにうめいている。


「これは応急処置しないとまずい」と平治が言った。「だれか水筒持ってないか」


B班員は皆首を振る。


その瞬間、トラックの車底部から熱風とわずかに火が噴き出した。

火炎放射してきているのだろう。


車ごと焼き払う気かも知れない。


B班員はできるだけ体を小さくし、タイヤの付近に身を縮め、さらに盾を使って火を受けないようにしている。


「B班、手投げ弾とカービンを貸してくれないか」と平治。


B班の一人は、一瞬躊躇して「使えるのか?」と聞いた。


「拳銃より慣れている。俺は軍隊上がりだ」平治が言う。


平治の様子を見て、直ぐにB班員は手投げ弾とカービンをよこした。


「フラッシュバンだ」


「わかった」と平治は返答しながらピンを抜く。2秒ほど待って、平治は斜めに天井へ放った。


天井に当たり、溶接マスクつまり火炎放射野郎の方へフラッシュバンがはね返り、直ぐに炸裂した。


平治は投げた瞬間目を閉じていた。

耳が聞こえなくなるのは多少仕方ない。


光は一瞬である。

光った瞬間に平治は目を開き、カービンの安全装置を解除しながら、トラックの前方へ転がり出た。


平治の聴覚はしばし死んでいるが、視覚は生きている。


不意のフラッシュバンにやられ、火炎放射器も溶接マスクを上げ、目の調子を見ている。

よほど近くで直撃したに違いない。溶接マスクですら防げなかったようだ。


傍らの手下たちは、銃を下ろして目をこすっている。


平治は迷うことなく引き金を引いた。


手慣れた反動、手慣れた感覚。

自分が言っといてなんだが、やはり拳銃よりはるかに慣れている。


平治にしっかりと固定されて構えられたカービンは恐ろしい火を放った。


火炎放射器の左側にいた手下は、頭部に弾丸を受けると、わずかな血糊を宙に飛ばし、糸の切れた操り人形のようにその場で倒れた。



平治のカービンは無慈悲な火を噴く。


平治の瞳もまた火炎放射器から発せられる炎と、カービンのマズルファイア(発射炎)を映し出し、光り輝いていた。

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