第14話「騒然」

一週間の研修が生きたに違いない。


爆音を聞いて、垣は平治と同じタイミングで地に伏せた。


雑居ビルから消し飛ぶガラス

吹き出す炎

火の粉が周囲を舞い、スラムは火の色に明るくなっている。


垣は絶句した。

雑居ビルは炎を上げ、通行人は叫び、外周の部隊員も硬直している。



平治は腰のホルスターから回転式拳銃を取り出し、周囲を索敵している。

あっけにとられた通行人以外、目につかない。



すると、入り口から煤で真っ黒になった突入部隊員が同じく煤だらけになった根須を担いで出てきた。


「救急を呼んでくれ!」バイザーを外して叫んだ。氷上だ。「3番員は意識がない!」



指揮官付けの伝令はすぐさま無線でほうぼうへ連絡を取る。

救急は5分もすれば到着するだろう。


「外周部隊、負傷者の救護!」指揮官が叫んだ。


外周の部隊員は武器を構えて、やや慎重に、しかし急ぎ足でビルに進入して行く。


平治は拳銃をホルスターにおさめた。

周囲に一見して敵勢力と見られる人物は見当たらない。

平治の記憶では、バッテリングラムがドアを一撃した瞬間、爆発が起きた。


ドアに罠が仕掛けられてあったのだろうか。


平治は立ち上がり、垣を起こした。

「垣さん。頭を低く移動するんだ」


平治と垣は中腰に近い状態で動き始めた。

平治は万が一、周囲から攻撃されたらと思ったのである。



平治は低い姿勢のまま、氷上に近づいた。


氷上は根須を下ろした後、地面に倒れ込んだ。


根須は後頭部から血が滲み、やや朦朧としている。

出血個所を手で触っても陥没等の感触はない。


「刑事さん」平治は呼びかける。根須は夢うつつのように視線が定まらない。

「刑事さん!」平治は大声で呼び、肩をたたいた。「わかるか?!」


根須は一瞬はっとした表情をして、苦しそうな顔をしつつうなづいた。

強い刺激に対し、一時的に覚醒する。


「伝令!」平治が叫ぶ「捜査員は意識レベル20だ!負傷程度は後頭部から出血程度!」

伝令は平治を見ながら、OKサインをした。


「こっちはクリアだ!」垣が叫んだ。

垣の傍らで氷上が座り込んでいる。右半身のボディアーマーが若干焦げ、バイザーにヒビが入っていた。


むっと焦げたようなにおいが周囲に漂っている。


「不覚だった…。まさかトラップが仕掛けられてるとは」氷上が苦しそうに言った。背中を強打したようだ「根須部長は私が爆風で吹き飛んだ時、真後ろにいたんだ。私がのしかかって、真後ろに転倒したらしい」


「心配するな。おそらく大丈夫だ」と平治。「ほかの隊員は無事か?」


「ラムを使った3番員の筒山はだめかもしれない。ああ、くそ!筒山…なんて残酷な。」氷上が嗚咽を堪え言った。「左足が吹き飛んでいた。名前を叫んだが、全く意識がなかった。」


平治が顔を上げると、ぬいぐるみのように隊員に抱えられた黒焦げの隊員が運び出された。左足は膝から下がなかった。

バッテリングラムを使ったため、その隊員は爆風が直撃したのであろう。


間もなく消防車や救急車が来て、大掛かりな消火が始まった。


その様子を見て、捜索令状を示されたビルの所有者である老人は「わしの生きる希望が!!」と絶叫して気を失った。


消防のあとは、爆発処理隊や、古典的な潜水服のような防護服を着たNBC隊(化学防護隊)も現れた。



捜査部門が来て、刑事が割って入る。鑑識がカメラや大掛かりな採証機器を運び出す。

捜査部門と警備部門、消防がケンカを始める…。

証拠収集させろ、現場破壊すんな。

いやいや、消火と人命救助が優先だ。邪魔をするな。

事件現場にてよくある光景である。


現場一帯が規制された。


野次馬であるスラムの住人らが、規制バリアの前に群がった。


氷上や根須はすぐに救急搬送された。


平治らは事情聴取をうけると想像に規制線に貼り付けを命じられた。


野次馬らは近づいてきては言う「なんかあったんですか?」


平治らは答える「いや、ちょっと」

詳しくは話せないのだ。どこに関係者や、容疑者がいるかわからない。


間もなくマスコミが来て、リポーターがマイクを持ち、カメラが回り始めた。


「平治よ」垣がつぶやいた。「なんてこった。警官が死ぬかもしれないぜ?これは大事件だぜ…。三度目の正直だったろ…」


「いや、俺たちは生きてる」にこっと笑う平治「結果は『二度あることは三度ある』だよ」


「お前、ホントに血の通った人間なのか?ロボット兵士じゃないのか」と垣が言った。


気付けば現場一帯は消火活動と、捜査活動、立ち入り規制、山のような野次馬でごった返していた。

捜査員たちはドローン空撮を使い、野次馬の顔を撮影している。

容疑者の立ち戻りがあるかもしれないからだ。


規制内では警察や消防の怒号が飛び交っている。


野次馬は騒いで、地下鉄の如き喧騒である。


「やれやれ」平治は鼻でため息をついた。「これは長くなりそうだぜ」

時計を見ると、現在午前7時40分である。


「最低夜中かな?下手すりゃ徹夜で明日か」垣が野次馬の方を向いたまま言った。


「ロボット兵士だってそんなに長い立番は堪えるぜ」平治が言った。


垣は平治の顔を見た。平治は垣に笑いかけた。


「面白くねえ!お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ」垣が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る