第26話「絶命」

周囲の温度は瞬時に上がり、目に見えるのは炎と煙だけである。


平治は伏せていた。


多少爆風を受けたので、体を自分で触れてみる。


両手はある。脚もある。痛みも感じない。

どこか吹き飛んだところはなさそうだ。


平治は立ち上がった。

立てるし、歩ける。骨折等もなさそうだ。


立ち上がると、少し離れたところに垣が倒れていた。


垣も手も足もある。ゆっくりと立ち上がる。

「いたたた」と垣が顔をしかめる。


「大丈夫か」平治が言う。


「ああ、平気だよ。ヘッドスライディングしたとき、わき腹を打っただけ」垣は立ち上がり、ズボンを払った。

小麦粉が舞う。


平治の視線の先は、火柱が上がり、千切れた棚や破れた粉袋が散乱していた。

壁の一部は吹き飛び、廊下の明かりが漏れている。


運が良かったなと平治は思った。


自分たちも爆発に巻き込まれる可能性はあったが、フォークリフトの突進により、溶接マスクだけ遠ざけ、粉塵爆発を起こすことができたようだ。


平治はカービンを拾い上げた。

そして、炎が上がる方向へ構える。


もしかすると、溶接マスクは無事で、飛び出してくるかもしれない。


次の瞬間、スコールのように水が降り注いだ。


大量の水が振り、体を流れる。


爆発に防火スプリンクラーが作動したのだろう。


炎に水がかかり、ジュウジュウと消火される音が響いた。

炎は小さくなり、消え、多量の煙が噴き出す。


その中で、溶接マスク男がいた。

小麦が敷かれたような地面にうつぶせに倒れ、片手と両脚とも膝から欠損している。


強化防護服は破れ去ったのか、体が露出している。

体はほぼ黒色に焦げてしまい、溶接マスクは外れて消えてしまっていた。


黒く、うつぶせに倒れた溶接マスク男にスプリンクラーの水がかかり、煙がもくもくと漂っている。


背中の一部が欠けてしまっている。

背中のタンクに引火して爆発したのかもしれない。


「生きてんのか?」と垣が言った。


その瞬間、溶接マスクだった男は、顔を上げた。

顔も真っ黒だったが、目だけは白く、まっすぐと平治と垣を見つめた。


その黒い塊は、人としての機能を欠いてしまっているはずだ。

命あるだけでも脅威である。


だが、その男は白い歯を見せニッと笑った。


「地獄で・・・待ってるぞ・・・」


それは絞り出すような声だった。


肺も一部欠損しているはず。


だが確かに、平治と垣にはそういったように聞こえた。


男はそれだけ言うと、白目をむきながら、激しく地面に頭を打ち付けるように倒れた。


動かない。


平治はそばでしゃがみ込み、脈を取ってみた。皮膚が焦げていてわからない。

カービンの銃口でつついてみる。全く反応しない。


おそらく死んだのだ。


「とんでもねえ執念だな」垣が呟く。


平治は垣を見た。

深刻な面持ちで、息絶えた黒焦げの男を見つめている。


「垣さん。人を殺したのは初めてか?」と平治。


「え?ああ、俺が殺したんだよな。やっぱり。そりゃ初めてだよ」垣が言った。


「どんな気分だ?」平治が訊いた。


「どうだろう」垣が言った「やらなきゃ、俺たちがこんな死体になっていたと思う。仕方なかったよ」


垣は手袋を外し、焦げた男に手を合わせた。

平治も手を合わせた。

だが、よくよく考えると平治は手を合わせることもなくあの世に送った人間は何人もいる。


「平治は…今までどのくらい人を殺したんだ?」垣が聞いた。


「さっき、2人殺したが…15人まではいってないと思う」平治が答える「ほとんど軍隊だが」


「どんな気分だ?」と垣。


「同じだよ」平治が言う「やらなきゃ、殺される。何も感じない。俺が生きててよかったと、それだけさ」


「そんなもんだよな」垣が言った。言いながら、垣は多少動揺した面持ちである。目は泳ぎ、アゴは小刻みに震えている。


「人を殺すことに悩んだり、哲学にふけるのは、危機を脱したあとのことだ。殺すときはまず、そんな暇はないからな」平治が言った。「俺たちは犯罪者じゃない。快楽や激情から人殺しをするわけじゃない。それに今回は相手が殺人犯だぞ。安心しろ、正当業務行為だ」


平治は垣の肩をポンと叩いた。


垣は「ふうーっ」と大きくため息をついた。

「生きててよかったぜ」と垣。


「それでいい」平治が言った。「俺たちはそれでいいんだよ」


平治と垣は、崩れた廊下の方から、A班の根須と氷上が近づいてくるのが見えた。

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