第31話「ゼロ距離へ」

氷上ら警察部隊は驚愕した。


無敵を誇った平治が、床に倒れたのである。


平治は目を閉じ、気を失っている。

ヘルメットは野球ボールのような丸みで凹み、バイザーの一部は欠けている。

そして、バイザーの欠けから平治の顔が見えるが、血を流している。


「平治―!」垣の絶叫が響いた。


大きな戦力を失った。氷上はそう感じ、顔が引きつる。

うかつだった。


敵は小麦の濃霧を展開していた。

敵の狙いは火器を封じることだと氷上は思った。

そして、刃物や棒で警察部隊に襲い掛かると。


氷上の考えは間違いではなかった…。だがしかし、今ひとつ浅はかであった。


高らかな笑い声を響かせ、片手砲のバンダナ男が言った。

「近接戦闘に限定したと思ったか。正解だよ。ただし、それはお前たちだけの話、この俺、革命戦士沼田様は圧縮空気による硬質弾の射出ができるのだ!」


氷上は鬼の形相で剣を握り直し、バンダナ男沼田へ突進した。

距離はおよそ5m

「おっと」沼田は、すぐさま氷上に片手砲を向け発砲した。


「パシュッ」と圧縮空気が噴射される音がして、野球ボールほどの硬質樹脂弾が射出された。

目にも止まらぬ速さで、氷上のみぞおちにめり込んだ。

防弾プレートが歪んだかもしれない。

氷上は激痛の中に感じる感触からそう察した。


そして、足の力が抜け、氷上は激しくえずいた。

まるで、火かき棒をミゾオチに差し込まれたかのような激痛と衝撃であった。


氷上が膝をつく・・・。

畜生、平治はこれを頭に受けたのか…


氷上は警棒を離さなかった。

未だ、濃霧は漂っている。

ピストルを使うのは危険だ。


「貴様らが殺した火炎放射器使いは、俺のよき相棒だった。」沼田はいった「学がなく、短気でけんかっ早い俺を、なだめ、根気強く啓発してくれた。こいつがいたから、俺は世界は腐った金持ちが支配している事実を知った。抑圧された民衆と戦うことを選んだ。」


沼田が霧の中、話している。

うっすらと見えるが、片手砲はこちらを向いている。


「重工業場の事故で右手を失い、生きる希望を失っていた俺を、ポリティカルディフェンダーズは暖かく迎えてくれた。チンピラだった俺を訓練し、学ばせてくれた。そして、こんな素敵な腕までくれた」沼田は誇らしげに、片手砲をなでる。


氷上は立ち上がった。

脚に力が入らないが、このまま床に這いつくばっていては頭を撃たれてしまう。


「ははっ」沼田は笑った「5mはあるぞ。機動部隊さんよ。お前さんの剣術足さばきで縮められる距離かよ」


「日山の仇をとるぜ」沼田は右手の片手砲を氷上に向け、左手を添えた。日山とは、溶接マスクのことであろう「日山の壮絶な最期は見事だった。真の革命戦士だ。死に体で貴様らに呪いの言葉を吐いた程な」


沼田はどこからか、人ならざるケシズミになりつつも、平治と垣に「地獄で待ってるぞ」と言った溶接マスクの姿を見たのかもしれない。


氷上は剣を振り上げつつ言った。

「絵空事だ。抑圧された人々は、お前の言う金持ち以外の金持ちに騙されている」ミゾオチが痛み、膝が笑うが耐えた。「抑圧された人々を分断し、憎しみを増幅し、お前らのような者を操るんだ。世を支配したい勢力はな。お前らの血が流れても、上の人間は血を流さない」


「国家権力の言えたことかよ」沼田が吐き捨てた「お前らのような、中産階級のろくでなし息子で、安直にエッセンシャルワーカーに勤める連中には分かんねえだろうな。俺たちの理想が。」


沼田がそう言った時だった。


「分かってたまるかよ!この人殺しのクソ野郎!」

沼田の左側から、垣が飛びついたのだった。

「おれだって、貧民街のチンピラだったぞ、この被害妄想野郎が!」

続いて、根須が飛びついた。


沼田は氷上の方へ集中していたので、一瞬判断が遅れた。

片手砲を向けようとする前に、二人にしがみつかれた。


「ポリ公が!」沼田は垣を撃とうと右手砲を向ける。

「うああ!」とっさに、垣は叫びながら右手砲を両手でつかみ、砲口を床へ向けた。

根須は沼田を後ろから羽交い絞めにしようとしている。


そして、垣と根須の相手をしていたであろう、暴漢二人がそれぞれ垣と、根須を沼田から剥がそうとしがみついて、殴っている。


垣と根須は根性でしがみつき、離さない。


その状況を目の当たりにしながら、既に氷上は走り出していた。


距離さえ、距離さえ詰めれば、沼田をやれる。


距離がみるみる詰まる。


その時、垣がヘルメット越しだが後頭部を暴漢に棒で殴られ、つんのめった。

床に倒れ込む。


垣の掴んでいた両手が離れた。


「ファシストがああああああ!」怒りの咆哮と共に、沼田は自由になった右手砲を迫りくる氷上に向けた。


氷上が脅威だったからに違いない。


氷上はもはや数歩手前まで接近していた。


砲口が自分の顔面を向いたとき、先ほど受けたミゾオチの痛みと衝撃を思い返し恐怖を感じた。


しかし、もはやノーリターンポイントは過ぎている。


沼田を倒すか、自分が倒れるかである。


氷上は全力で接近しながら、床から光るものをを拾い上げた。


最初に襲ってきた男が所持していた大ナタである。


右手砲の砲口は、もう目の前にある。


砲口についたチリまで見え、漆黒の穴からすぐにでも死の砲弾が飛び出してきそうだ。


氷上は、イチかバチか接近を続け、ナタを持った手を薙ぎ払うように振るため、手に力を込める。


砲口からは空気が漏れる音がした。


氷上はナタを振り、沼田の砲口からは砲弾が飛び出した。

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