天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第15回

 格子戸をくぐり抜けると、いかにも合掌造りの旧家らしい土間の奥に出た。

 右手には、縁側のような上がりがまちと式台が、まっすぐに玄関まで続いている。框の上の障子戸は、少なくとも十枚以上並んでおり、途中に太い柱が二本あるところを見ると、三部屋に分かれているらしい。左手は開放的な板敷きの台所で、台所から玄関までの板壁にある三箇所の扉は、たぶん使用人の部屋、あるいは納戸だろう。一見、富農の屋敷などにありがちな間取りだが、よく見れば、土間全体が土間を模した石材のフローリングだった。

 古風なかまどや立ち流しが似合いそうな台所にも、最新のシステムキッチンが備わっている。そこで立ち働く若い女性二人の手元から盛んに立ち昇る煙や湯気は、天井に交差する天然木の太い梁の間に、おのずと吸いこまれて消えてゆく。梁がむき出しの天井は古色を帯びた古民家そのものでありながら、どこかに強力な換気装置が隠れているのは確かだった。

 変と言えば変なのだろうが、都会暮らしに慣れた老夫婦が新築した隠居屋敷なのだから、半世紀前の山家そのものではありえない。懐古趣味の慎太郎にしたところで、実際に古民家をつい住処すみかにするなら、それなりのリフォームと最新のインフラは欠かせない。

「こんにちは。お久しぶりね」

 百合が女中らしい二人に声を掛けると、女性たちは笑顔で頭を下げた。

「いらっしゃいませ、百合お嬢様」

「こちらこそお久しぶりです、お嬢様」

 一人は二十歳前後で愛嬌のある笑顔、もう一人はやや年長で、落ち着いた物腰である。年長の女性が看護資格を持っているのだろうと、慎太郎は思った。

 百合は如才なく、手にしていた紙袋から、和菓子と洋菓子の包みを差し出した。

「二人とも、いつもご苦労様。これ、お土産よ。篠川さんのはこっち、関さんのはこっちね」

 二人は顔を輝かせ、

「ありがとうございます!」

「いつも結構な物を、すみません」

 旅館の女将らしい気配りで、百合はそれぞれの好物、しかも上々の土産みやげ物を用意したらしい。

「吉田さんは山仕事?」

「はい。美津江様が、お昼はお客様方に天然の岩魚を御馳走したいとおっしゃって、朝から上の沢に。そろそろ戻ると思います」

「じゃあ、お帰りになったら、これを」

 慎太郎が心得て、一升徳利を板間に置いた。

「あと、こちらのお二人が、出雲からいらっしゃったお客様よ」

 いらっしゃいませ、と声を揃える二人に、慎太郎と斎実も、よろしく、と頭を下げる。

「お祖父ちゃんたちは奥の間?」

「いえ、客間にいらっしゃいます。蔦沼の哀川先生も、ご一緒に」

「他にもどなたか、お客様がいらっしゃるみたいね」

 百合が何気なく訊ねると、なぜか二人は困ったように顔を見合わせ、声を潜めて言った。

「それは、たぶん美津江様から……」

「美津江様から、お話が……」


     *


 百合は玄関に近い四枚障子の部屋に、慎太郎と斎実を導いた。女中の一人も、後からついてくる。

 そこが客間らしく、式台の前に男物のトレッキングシューズが一足揃えてあった。

 三人が靴を脱ぐと、後ろの女中がすかさず腰を落として前向きに揃える。

 百合は障子の前で框に膝を落とし、

「お祖母ばあ様、御子神のお二人をお連れしました」

 すると障子の奥から、老婆の声が響いた。

「はい、ご苦労様。入っていただいて」

 女性としては低音だが、小声でもよく通る、衰えを感じさせない声だった。

 百合が膝を折ったまま障子を開き、慎太郎と斎実はその横から、やや腰を屈めて入室する。

「お邪魔します」

「失礼します」

 中は十二畳ほどの和室で、昔ながらの囲炉裏が似合いそうな体裁だが、中央に据えられているのは、二脚ずつの椅子に囲まれた、高級料亭のテーブル席を思わせる置き囲炉裏だった。奥の床の間には、堂々たる流れ屋根の神棚が鎮座している。置き囲炉裏の奥側、普通なら上座にあたる側にだけ椅子がないのは、そこが山室家の神の座だからに違いない。

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