天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第15回
格子戸をくぐり抜けると、いかにも合掌造りの旧家らしい土間の奥に出た。
右手には、縁側のような上がり
古風な
変と言えば変なのだろうが、都会暮らしに慣れた老夫婦が新築した隠居屋敷なのだから、半世紀前の山家そのものではありえない。懐古趣味の慎太郎にしたところで、実際に古民家を
「こんにちは。お久しぶりね」
百合が女中らしい二人に声を掛けると、女性たちは笑顔で頭を下げた。
「いらっしゃいませ、百合お嬢様」
「こちらこそお久しぶりです、お嬢様」
一人は二十歳前後で愛嬌のある笑顔、もう一人はやや年長で、落ち着いた物腰である。年長の女性が看護資格を持っているのだろうと、慎太郎は思った。
百合は如才なく、手にしていた紙袋から、和菓子と洋菓子の包みを差し出した。
「二人とも、いつもご苦労様。これ、お土産よ。篠川さんのはこっち、関さんのはこっちね」
二人は顔を輝かせ、
「ありがとうございます!」
「いつも結構な物を、すみません」
旅館の女将らしい気配りで、百合はそれぞれの好物、しかも上々の
「吉田さんは山仕事?」
「はい。美津江様が、お昼はお客様方に天然の岩魚を御馳走したいとおっしゃって、朝から上の沢に。そろそろ戻ると思います」
「じゃあ、お帰りになったら、これを」
慎太郎が心得て、一升徳利を板間に置いた。
「あと、こちらのお二人が、出雲からいらっしゃったお客様よ」
いらっしゃいませ、と声を揃える二人に、慎太郎と斎実も、よろしく、と頭を下げる。
「お祖父ちゃんたちは奥の間?」
「いえ、客間にいらっしゃいます。蔦沼の哀川先生も、ご一緒に」
「他にもどなたか、お客様がいらっしゃるみたいね」
百合が何気なく訊ねると、なぜか二人は困ったように顔を見合わせ、声を潜めて言った。
「それは、たぶん美津江様から……」
「美津江様から、お話が……」
*
百合は玄関に近い四枚障子の部屋に、慎太郎と斎実を導いた。女中の一人も、後からついてくる。
そこが客間らしく、式台の前に男物のトレッキングシューズが一足揃えてあった。
三人が靴を脱ぐと、後ろの女中がすかさず腰を落として前向きに揃える。
百合は障子の前で框に膝を落とし、
「お
すると障子の奥から、老婆の声が響いた。
「はい、ご苦労様。入っていただいて」
女性としては低音だが、小声でもよく通る、衰えを感じさせない声だった。
百合が膝を折ったまま障子を開き、慎太郎と斎実はその横から、やや腰を屈めて入室する。
「お邪魔します」
「失礼します」
中は十二畳ほどの和室で、昔ながらの囲炉裏が似合いそうな体裁だが、中央に据えられているのは、二脚ずつの椅子に囲まれた、高級料亭のテーブル席を思わせる置き囲炉裏だった。奥の床の間には、堂々たる流れ屋根の神棚が鎮座している。置き囲炉裏の奥側、普通なら上座にあたる側にだけ椅子がないのは、そこが山室家の神の座だからに違いない。
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