天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第10回
女将は、銚子が二本乗った盆を座卓に運び、
「そろそろ、お銚子が空いた頃と存じまして」
「ありがとうございます。今まで飲んだどんな酒よりも旨いですね。それにしても、女将さん自らお給仕とは――」
慎太郎は恐縮し、事のついでに訊ねてみた。
「それに、この料理に、この部屋――ほんとに予約した料金で大丈夫なんですか?」
女将は頬笑んで、
「わざわざ出雲から、こんな北国までお越し頂いたんですもの」
慎太郎も斎実も怪訝な顔をした。その理屈だと九州から来た客は、もれなくこれ以上の待遇を受けることになる。
「そちらの
斎実がおずおずと訊ねた。
「……うちのクーちゃん、見えるんですか?」
女将は悪戯っぽい笑顔で、
「あら、ずいぶんかわいらしいお名前ですのね。実は、ほんの少し気配を感じるだけなんですよ。でも、そちらの竹筒が開いておりますし、伊勢海老の殻に囓った跡がありますから、たぶん食卓に出ていらっしゃるだろうと」
女将は、改めて丁重に頭を下げ、
「わたくし、
そうだったのか――。
食卓の三人、いや二人と一匹は、驚きながらも得心した。
話に出た山室美津江は、御上斎子の古い知人である。
今は出雲に根を張った御上家だが、明治期に東北を離れてからも、同業の山室家とは折々の親交が続いていた。斎子と美津江も、同じ流儀の拝み屋として、娘時代に深い交流があったらしい。
しかし山室美津江は、何か思うところがあってか、あるいは持ち前の
その山室美津江が、御上斎子に
「私や母は、祖母から代々の流儀を受け継いでおりませんので、
ならば、今夜の身に余る好待遇も腑に落ちる。
慎太郎と斎実は、百合に負けじと丁重に頭を下げた。
管生が懐かしげに言った。
「なるほど確かにこの女将、娘時代の美津江にどこか似ておる」
管生もまた、山室美津江の旧知に他ならない。
「しかし今の話だと、美津江はまだトビメを囲っておるのか? とうの昔に、
「トビメ?」
慎太郎が問い、斎実も興味津々で管生を見る。
「おう、俺の古い仲間よ。一緒に働いたこともあるぞ。元は
慎太郎も斎実も、その話は斎子から聞いていない。しかし代々同じ流儀で稼業を続けていたのだから、同じ動物由来の式神を使って当然だ。
「……おまえの同類が、もう一匹いるのか」
慎太郎は、俄然、胸を躍らせた。
この管生と自分の間柄に関しては、生まれながらの腐れ縁といった感覚で、時には尊大すぎて疎ましいことさえある。しかし民俗学者の卵として、二例目が見つかれば話は別だ。一つの発見が、単なる覚え書きで終わるか研究論文のテーマに昇格するか、それほど意識に差が生じる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます