天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第6回
予約した旅館は、堂々たる木造三階建ての日本建築だった。正面玄関も手抜きなしの宮造りである。ただ、さほど古い建物ではないらしく、館内の造作は外人客でも馴染めそうな和洋折衷の風合いだった。
和服姿の若い仲居が、さっそく足元にスリッパを用意して、二人の手荷物を受け取ろうとする。斎実はすなおに預けたが、慎太郎は辞退して、自分で運ぶことにした。安民宿やビジネスホテルにしか縁のない慎太郎としては、それが老舗日本旅館の流儀だとしても、若い女性に重い荷物を運ばせるのは気が引ける。
帳場ともフロントともつかぬ受付で、番頭らしい初老の男に予約を確認し、宿帳もその場で記入する。
記入している間、番頭がどこかに電話を入れると、帳場の奥の暖簾を分けて、仲居よりも年嵩の女性が現れた。年は三十代半ばだろうか。渋いなりに華やかな和服と淑やかな裾さばきに、格段の風格がある。
「当館の女将でございます。ようこそいらっしゃいませ、御上様」
女将自らの先導で、仲居を従え案内されたのは、三階の最奥の一室だった。
そこまでの部屋とは、明らかに扉の間隔が違う。つまり格段に広い部屋らしい。
「こちらがご予約いただいた、鳳凰の間でございます」
堂々たる名称にふさわしく、渋い鳳凰の木彫が施された引き戸を開けると、横三畳ほどもある板の間の奥に、やはり鳳凰の日本画が描かれた華麗な襖があった。
女将は板の間にひざまずいて、しとやかに襖を開き、
「どうぞ、おくつろぎください」
中を覗いて、慎太郎は立ちすくんでしまった。
黒檀らしい重厚な座卓を中心とする広々とした日本座敷と、やはり広々とした木目のフローリングの洋間が、瀟洒な間仕切りで違和感なく調和している。その間仕切りにも細密な鳳凰の透かし彫りが施されており、それだけで国宝級の美術品のようだ。外に面して開け放たれたガラスの雪見障子の奥には、小型の日本庭園と呼んでも過言ではないベランダが、山と夜空を背景に広がっている。おそらく眼下には、川を挟んだ温泉街の夜景が望めるのだろう。
「……おお、ゴージャス」
感嘆する斎実に、
「以前、宮様もお泊まりになったお部屋なんですよ」
女将が頬笑んで言った。
「外の小庭の横手には、専用の露天風呂もございます。外から見えないように工夫してありますから、よろしかったら、お二人で」
そうしようそうしよう、と言うように、斎実が慎太郎の腕を引いた。
慎太郎はあわてて振り払い、女将に訴えた。
「二部屋、別々に頼んだはずなんですが」
「あら、
それは本家の陰謀だ――慎太郎は思わず叫びそうになった。しかし旅館の女将に抗議しても仕方がない。
「とにかく、もう一部屋お願いします。そっちは俺が払いますから」
「あい済みません。今夜は他に空いている部屋がなくて」
「寝られればどこでもいいんです。蒲団部屋でも物置でも」
「それでしたら――こちらでお休みになれば」
女将は、板の間の横手の奥に、慎太郎を導いた。
洗面所やトイレではなさそうな、そこそこ立派な扉がある。
これほどの客室になると、専用の蒲団部屋や物置が付属しているのか――。
感心する慎太郎に、女将が扉を開いて言った。
「お付きの方々がお泊まりになる、別の間でございます」
「お付きの方々?」
「ええ。宮様なら侍従の方々、外国の王族なら召使いの方々、そんなところですわね」
メインの客室に比べれば四半分もないが、確かに数人くらいは詰められそうな和室で、扉の内鍵もちゃんとある。
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