天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第5回
そして旅の初日――。
すでに夜の九時を回った頃、予約した宿の駐車場にレンタカーを停める。
駐車場は温泉街よりもかなり手前にあり、そこから連絡すれば送迎車を回すとの話だったが、せいぜい数百メートル先らしいので、慎太郎と斎実は徒歩で宿に向かった。
ほどなく、観光ポスターや旅番組で見かけるとおりの、温泉街が現れた。古風な橋の掛かる細い川を挟んで、古風なりに贅を尽くした旅館が立ち並び、川沿いに続くガス燈と宿々の燈火が、夜の川面に連綿と揺れている。
奥出雲の鄙びた里山歩きに慣れた慎太郎は、まさに大正ロマンを絵に描いたような美景に、一種の気恥ずかしさを覚えた。
「……これは、ちょっと出来過ぎなんじゃないか?」
確かに大正ロマンの現物も残っているようだが、近年に施されたレトロ調の演出の方が目立つ。そもそも大正時代、こんな山奥の温泉場にガス燈は立ち並んでいないだろう。
しかし斎実は、少女漫画の主人公さながら、瞳に無数の星を浮かべて、
「……これが見たかったんだよ。ほんと、千と千尋みたい」
確かにジブリ方向のノスタルジックな温泉夜景には、今どきの女子高生も感動するだろう。
「まあ、この温泉に泊まりたいのは、まだわかるんだが……」
しかし昼の東京見物コースは、慎太郎の腑に落ちなかった。
「真っ先に皇居、それから靖国神社、おまけに渋谷も原宿もスルーして、明治神宮に直行ってのはなあ」
「なにをおっしゃるウサギさん。みんな我が家の商売仲間なんだから、いっぺんは仁義を通しとかないと。あたしなんか高校卒業したら、うちの看板、継がなきゃいけないんだからね」
御子神斎女の名跡は、成人と同時に継承される。法的な成人年齢が定められていない時代は、公家や武家に倣って、早々と十三歳には継いでいたらしい。明治時代以降、斎江までの六代は二十歳で継いだ。次の斎実からは、法改正に従って十八歳に若返ることになる。無論いつの時代も、実質的な仕事は、その時々の女系一同が協力して担うのである。
「それに慎兄ちゃんだって、きっちり縁があるわけでしょ。ちゃんと挨拶しとかなきゃ」
「皇室神道も国家神道も、うちの商売仲間じゃない。
「
いや違う。確かに御上家のルーツは平安時代まで遡れるが、むしろ朝廷に征伐された東北の
「……ま、いいか。自信はないよりあったほうがいいしな」
「そうそう。靖国も我が家もイワシの頭も、みんな仲良く同業者!」
いや、それも違う――いや、違わないのかもしれない。
節分になると鰯の頭を柊の枝に刺して玄関に飾る家が、二十一世紀になっても未だに残っている。家族揃って恵方巻きを頬ばる家は、なぜか増える一方だ。節分は仏教も神道も無関係の風習なのに、仏壇や神棚の同類と心得ている家も多い。
「……ま、いいか」
どのみちすべての宗教は、信じる者の心一つ。
創造主系の様々な古代ファンタジーにしろ、お釈迦様本人の哲学を好き勝手にアレンジしながら分離増殖した仏教各宗派にしろ、そのどれもが、信じる者にとっては大宇宙の真理に他ならないのである。
御上家が細々と市井に及ぼす確かな現世利益にしろ、信じない相手から見れば、偶発的な幸運の集積にすぎないのだろう。
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