天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第4回

 現代の加速する科学文明の中で、世界三大宗教やその類似組織が今も巨大な商圏を保っていられるのは、古代から頒布し続ける商品が、ありもしない幻想イリュージョンだからこそなのだ。ありえない奇跡を起こす太古の神々は、しょせん見果てぬ夢だからこそ、現実だけでは生きていけない多くの人々に、果てしなく夢見られ続ける。

 しかし御上家の女たちには、実際に超自然的な力がある。精神集中によって他人の心を文字どおり外から覗けるし、時と場合によっては、禍事まがごとを祓うために平安以来の式神さえ操る。そんな大時代的な実態を知ったら、当節のマスメディアは、御上家をどう扱うだろう。巧みなイリュージョニスト一家として面白半分に消費するか、あるいは悪質な詐欺一家として糾弾するか。

 いずれにせよ、これ以上目立ってはいけない――。

 慎太郎の草食的な本能は、そう告げていた。


 だからこそ、斎実と自分の血を混じらせたくない。

 女系がコンスタントに継承する平安以来の超自然的資質だけなら、まだいい。稀にしか発現しない分、さらに度を過ごした男系の資質が問題なのだ。慎太郎がその気になれば、他人の記憶そのものに侵入できる。あまつさえ、式神を使って、その記憶を部分的に葬ることができる。

 一例を挙げれば、一昨年、極度のマリッジ・ブルーで鬱病を患ってしまった結婚前の娘をなんとか治せないかと、氏子の熟年夫婦が本家に相談してきた。しかし、本家の誰にも原因が読みとれない。そこで慎太郎が、老いた祖父に代わって女性の記憶に侵入し、彼女が自ら封印していた幼時の性被害の記憶を探し当て、その部分だけ消し去って心を癒やした。

 仮にその力を悪用すれば、正常な人間の記憶を壊して、狂わせることも可能だろう。無論、地道な民俗学者を志望する慎太郎に、そんな悪気は毛頭ない。同じ力を持っていた祖父も、真面目一方の地方公務員にふさわしく、内緒の副業も真面目一方にこなしてきた。

 しかし――せっかく女系と男系に分岐した家系をわざわざ再統合し、万一、双方の資質を持ち合わせた子孫が誕生したら――あまつさえ、それが斎実のように蠱惑的な容姿を備えた娘で、しかも斎実譲りの短絡的かつ負けず嫌いな性格だったりしたら――現に斎実は、校内の多くの男子のみならず、男性教師さえ顎で使っていると聞く。


 ちなみに、先に例にあげた慎太郎の仕事の数日後、何食わぬ顔で小学校の校長に出世していた一人の変態教師が、夜道で正体不明の野獣に股間を食いちぎられ、瀕死の重症を負った。まさか当代の御子神斎女――天然系で大らかな伯従母いとこおばの仕業ではなかろうが、慎太郎としては、先代の伯祖母おおおばあたりが久々に猛女ぶりを発揮した可能性を捨てきれない。

 伯祖母おおおばの斎子は、彼女の先々代が亡くなった後に名跡を継ぎ、先代の母親も早世してしまったため、孤軍奮闘する時期が長かった。そのせいか昔から勝ち気で、老いても気性が丸くならない。そして斎実の性格は、明らかに母の斎江より、祖母の斎子に似ている。

 草食系の慎太郎にしろ、この国に根強くはびこる過剰な加害者権利保護の風潮に、けしてくみしたいわけではない。それでも将来、肉食系の魔法少女が貪欲な使い魔を従えて、犯罪者を片端から始末するような社会は、できれば想像したくなかった。

 まして、それが自分の実の娘だとしたら――考えるだに恐ろしい。


     *


 結局、斎実が夏休みに入った翌日、朝一で出雲空港から羽田空港に飛び、羽田発の最終便で峰館空港に向かうことになった。

 本来の用件は翌々日に回し、どこかで一泊しなければならない。

 幸い、全国的に名の通った温泉場の、一流老舗旅館に予約が取れた。

 その温泉を選んだのも、斎実の希望である。大正ロマン溢れる東北の温泉街の評判が、山陰まで届いていたからだ。

 夏の旅行シーズンが始まっていたにも関わらず、直前に老舗旅館の予約が取れたのは、祖母の斎子が、入院先の病床から人脈を駆使した結果らしかった。

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