天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第7回

 慎太郎は安堵して、

「上等です。俺の蒲団は、こっちにお願いします」

「承知いたしました」

 斎実は、あからさまに「ちっ」と言うような顔をしている。

 若い仲居が訊ねた。

「ご夕食も、それぞれにお運びしますか?」

 すでに夕食と言うより、夜食の時刻である。

 斎実は、はいはいと元気よく手を上げて、

「二人分まとめて、あっちのテーブルにお願いします!」

 差し向かいの晩餐だけは譲れない、そんな意気ごみだった。

 女将は苦笑しながら、それでいいですか、と、目顔で慎太郎に訊ねた。

 慎太郎は妥協してうなずいた。

 斎実が嬉しそうに言い添えた。

「あと、お銚子もお願いします。とりあえず熱燗で二三本」

「おまえは未成年だろう」

「慎兄ちゃんが飲むでしょ?」

 確かに慎太郎は日本酒を好む。当節の若者には珍しく、夏でも熱燗を欠かさない。しかし今夜は旅の疲れがある。うっかり酔いつぶれでもしたら、斎実に露天風呂へ引きずりこまれかねない。

 躊躇している慎太郎に、女将が訊ねた。

「辛口はお好みですか?」

「はい。甘口は苦手で」

「でしたら、本当においしい地酒がありますよ」

 女将は自身満々の顔だった。確かにこのあたりは、東北でも有数の酒所である。

 まだ迷っている慎太郎に、斎実が畳みかけた。

「安心して飲んでいいよ。あたしは召使いにアルハラもセクハラもしないから」

「……どこの女王様だ、おまえは」

 女将と若い仲居は、息の合った漫才でも見るように、くすくす笑っていた。


     *


 それぞれの部屋で旅装を解き、宿の浴衣に着替えて、日本間の座卓に向かい合うこと、しばし――。

 あの若い仲居が、丁寧に畳に手をついて、

「それではどうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。お食事が終わりましたら、帳場にご連絡いただければ、片づけにあがりますので」

「は、はい……」

 慎太郎は、なかば呆然と言った。

 斎実は無言で座卓の上を眺めている。

 何人もの仲居が、何度も行き来しながら座卓に広げ終えた夕食は、どんな旅行雑誌や旅番組でも見たことがないほど絢爛豪華な品揃えだった。もちろん御当地名物の山菜料理など地味なこしらえの小皿も多いが、それとて京懐石なみに洗練されているし、それ以上に華やかな大皿が多い。いわば和風の満漢全席、そんな有り様である。

 若い仲居が下がった後も、二人はしばらく無言だった。

 やがて斎実が、おずおずと口を開いた。

「……この伊勢海老、なんか巨大化してない? 核実験で突然変異したエビラの子供?」

 確かに常軌を逸したサイズである。まさか突然変異ではあるまいが、どう安く見積もっても、伊勢海老だけで数万は下らないだろう。そもそもこのVIP仕様の部屋自体、一泊何十万でもおかしくない。自分と斎実の間に過ちを起こさせるため、本家が張り切ってお膳立てしたとしても、ここまで大盤振る舞いできるだろうか。

 慎太郎は、思わず斎実にただした。

「なあ、近頃の本家、妙な儲け仕事に走ってるんじゃないだろうな。氏子に安物の壺を何十万で売りつけるとか、金メッキの多宝塔を売りさばくとか」

「お母さんは、そんなことしないよ」

「じゃあ斎子婆ちゃんが、こっそり裏仕事を受けてるとか」

「してない――とは言いきれないね」

 斎実は立ち上がり、クローゼットの旅行鞄を開いた。

「この際、本人に聞いてみよう」

 旅行鞄に祖母が詰まっているわけではない。

 斎実が鞄から取り出したのは、細長い袋物だった。

 懐剣の拵袋こしらえぶくろのような紫色の袋を座卓に置き、房紐をほどくと、中から二十センチほどの竹筒が現れる。

 斎女は竹筒の先端を一寸ほど、証書筒の蓋のように引き外し、開いた穴に声をかけた。

「おーい、クーちゃん、ご飯だよ」

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