天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第8回

 すると竹筒の口から、白い小動物が顔を出した。

 冬毛のオコジョに似た愛嬌のある顔だが、その小さな顔には、獣らしからぬ豊かな表情が見て取れる。

 明らかに不機嫌きわまりない顔で、

「誰がクーちゃんだ。俺には管生くだしょうという立派な名がある」

 外見とは似ても似つかない、太く艶のある声だった。慎太郎はこの声を聞くたびに、昨年物故したベテラン声優、若山弦蔵氏を思い出す。

 斎実は、管生の小さな頭を指先でくりくりと撫でながら、

「来年には、あたしが正式な御主人様になるからね。そうなったら、君は正式にクーちゃん決定。よろしくクーちゃん」

「千年続いた御子神斎女の系譜も、ついに終わる時がきたようだな」

 管生は斎実の指を振り払い、大小の皿や小鉢の間をちょろちょろと縫って、慎太郎の肩に這い上がった。

「慎太郎よ、次はおぬしが御子神の名を継げ。そうさな、御子神朴念仁ぼくねんじんとでも名乗るがいい。祖父じいさんに似て真面目一方のつまらぬ男だが、少なくとも千年という時の流れの値打ちは、しっかり心得ておる」

 慎太郎は思わず苦笑して、

「おまえが初めて化けたのは、初代の斎女に命じられて田村麻呂の軍勢と戦った時――そう聞いたよな」

「おうよ」

「それが本当なら、もう千二百年は生きてる勘定だぞ」

「キリがいいから千年と言うておるだけだ。京の都は千年の古都、切支丹キリシタンが待ちわびるのは千年王国、どちらも千年きっかりとは限らぬ。だから俺は千年管生ぞ」


 途方もない話だが、今では慎太郎も管生の話を信じている。

 平安時代、朝廷の命を受けた坂上田村麻呂が東北の蝦夷えみしを征討した際の資料と管生の自慢話は、おおむね時系列が符合する。そしてこの管生は、少なくとも祖父の代から一度も死んだことがない。成長も老化もしない。のみならず、仕事の状況に応じて体長や体形を自在に変えられる。

 古来、民間伝承において『管狐くだぎつね』あるいは『飯綱いいづな』と呼ばれている霊獣――式神と言ったほうが適切か――を、東北の一部では『くだしょう』と言い習わしていた。口語でしか伝えられない陰の部分であるため、その語句の下半分『しょう』が何を意味しているのか、文献には残っていない。狐やいたちに似ているという記録や、西日本に多い『狗神いぬがみ』の同類とする研究書はあるが、あくまで民俗学的な推測であって、実物を視認できる者たちは、何一つ文字に残していないのである。御上の家に伝わる『管生』も、その漢字を当てるという解釈のみが伝わっているにすぎない。

 歴史的な真実はさておき、若い慎太郎としては、自分の家系のルーツが古代東北のまつろわぬ民、蝦夷にあると思えば、平安京の陰陽師と言われるよりも遙かにロマンを感じる。


「でも本家と違って、俺の家には社を構える庭がないぞ」

「座敷にそこそこの神棚があればよい。どうせ俺は竹筒の中で寝るのだからな」

 斎実が身を乗り出し、

「あ、それもアリだよね。慎兄ちゃんも本家うちの婿養子になるより、あたしが分家そっちに嫁入りしたほうがいいでしょ? どのみちクーちゃんさえいれば、死ぬまで食いっぱぐれはないんだし」

「……おい、慎太郎。このじゃじゃ馬娘をなんとかしろ。おぬしの妹分であろう」

「……俺は無口で臆病な妹が欲しかった」

「はいはい二人とも、そーゆー不毛な話は、ちょっとこっちに置いといて――」

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