天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第20回

「いや、私はあくまで一介の研究者なんだが――」

 哀川教授は管生に目を合わせ、なぜか照れくさそうに言った。

「昔から、君のように強い存在のは、なぜか見えてしまうことがある」

 美津江刀自が言い添えた。

「うちのトビメも、初めから見えていたらしいの」

 民次老人は承知の上らしいが、百合は初耳だったらしく驚いている。

 慎太郎と斎実、そして管生にとっては、さほど意外な話ではなかった。

 一般世間で『見える人』を標榜する者のほとんどは、幻覚者かエンターティナー、あるいは詐欺師である。それでも極めて稀にだが、超自然の存在を大なり小なり認識できる者は、確かに存在する。

「もしかしたら、私の祖母が『梓巫女あずさみこ』だったからかもしれないね」

「そうだったんですか?」

 慎太郎には、そちらのほうが意外だった。研究者として先輩であるのみならず、スピリチュアルな部分でも先輩らしい。

「祖母は生まれつき全盲だったんだが、いないはずのの気配を、現実同様に感じ取っていた。無論、『梓巫女』に限らず『歩き巫女』の百人中九十九人は、宗教的放浪芸の継承者にすぎない。だから私の著書でも、あえてそうした超自然的な部分には触れていない。あくまで民俗学上の研究書だからね。それに祖母と違って、私にはそちら方向の力が、実のところほとんどない。はっきり見えるほうが、むしろ珍しいくらいなんだ」

「まあ、人と吾等われらの間にも、相性というものがあるからな」

 管生は言った。

「おぬしは、きっと育ちが良すぎるのだ。人としての邪気が妙に薄い。そんな奴は食っても不味いから、俺は狩る気がない。狩る気がないから、逃げられてもかまわぬ。だから隠れる必要もない――そんなところさ」

「……お褒めいただいたと思っていいのかな?」

「人としては褒めた。餌としては最低だな」

 妙な具合に座が和んだところで、障子の外から男の声がかかった。

「失礼します。吉田です。少々お伝えしたいことが――」

「おお、吉田君、帰ったか。入りたまえ」

 障子を開いて現れたのは、哀川教授と同年配だが、印象は真逆の男だった。筋肉質の体躯とラフな山姿、そして五分刈りの頭髪は、生粋の体育会系を思わせる。

 吉田は山室夫妻にいかにも忠僕らしく頭を下げ、それから百合や哀川教授と、旧知らしい親しげな会釈をかわした。

「こちらの若いお二人が、出雲からお招きしたお客様だよ」

 民治老人が、初対面同士をそれぞれ紹介する。

「そして彼は、用心棒の吉田君だ」

 美津江刀自が口を挟んだ。

「あなた、今どき用心棒はないでしょ?」

「じゃあ、ガードマンかな?」

「それもピンとこないわね――セキュリティ・スタッフとか」

 吉田本人は苦笑して、慎太郎と斎実に自己紹介した。

「当家の使用人です。もっぱら力仕事と山遊びを担当しております」

 いかつい風貌とは別状、その笑顔の目元には、確かな知性が感じられる。

「岩魚は釣れたかい?」

 民次老人が訊ねると、

「はい、八尾ほど」

「そりゃ上出来だ」

「もっと粘ろうと思ったのですが――」

 吉田は、携えていた10インチほどのタブレットPCをこちらに向け、

「電気店の御隠居から、妙な連絡が入りまして」

 液晶画面には二台の乗用車が映し出されていた。前方斜め上から捉えた動画は、防犯カメラの記録映像らしい。

「不審な車が何台か、集落に現れたそうです。先に現れたのが、こちらの二台」

 吉田は、前後する二台の双方が俯瞰できる位置でスチルした。

 集落の電気店は、慎太郎も記憶している。防犯カメラが必要な規模ではなさそうだったし、そもそも集落自体、そうした設備とは無縁の土地に思える。

「あんな小さな個人商店で、大した防犯対策ですね」

 感心して言うと、美津江刀自は、

「私たちが自治会に寄贈したの。こんな山奥でも、何年か前には、観光開発目当ての地上げ屋がうろついたりしてたのよ。あそこの隠居は、私や旦那と同級生でね。年の割にパソコンの修理までできるから、こんな芸当もお茶の子なのよ」

 美津江刀自にとっては、単なる動画送信も特殊技能なのだろう。

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