天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第21回
民治老人が画像を覗きこみ、
「ありふれた車のようだが――二台とも蔦沼ナンバーか。確かにこの集落の車ではないが、峠の県境を越えれば蔦沼市、たまには紛れこむだろう」
確かに慎太郎が見ても、シルバーのクラウンとネイビーブルーのティアナは、特に不審車とは思えない。
しかし吉田は、
「二台とも警察の私服用無線車、いわゆる覆面パトカーの一種です。交通取締用ではなく、機動捜査車両ですね」
「そこまで判るのか?」
「はい。装備にパターンがありますから」
なにやら刑事ドラマのような会話に、慎太郎と斎実が戸惑っていると、今度は百合が小声で教えてくれた。
「吉田さんは、交通機動隊にいたことがあるの」
吉田はそれを聞き流し、
「他にも、妙な車が三台ほど」
タブレットにタッチして画像を切り替え、民治老人に示す。
「どう思われますか?」
「……今度はヤクザみたいな連中だな」
黒塗りのベンツと、その前後を守るように、やはり黒塗りのプリウス、そしてアルフォード。
吉田が説明を続ける。
「警察の二台が集落を通過した後に現れて、今は集落半ばの喫茶店に停まっているそうです」
「この三台も蔦沼ナンバーだな。まあ、ただの高級車好きかもしれんが――」
そこに哀川教授が口を挟んだ。
「いえ、私もヤクザだと思います」
ほとんど断言する口調に、周囲の皆が注目する。
「蔦沼市には、市内で黒塗りのベンツを乗り回すのは昔からヤクザだけ、そんな風評があります。逆に言えば、ベンツを選ぶ経済力があっても、一般市民は黒を選びません。ヤクザに間違えられたくない、あるいはヤクザに目を付けられたくない、その両方ですね。もっとも平成以降、市内に暴力団は存在しないことになっておりますが、単に会社組織に姿を変えたフロント企業――昔風に言えば、企業舎弟になっただけですから」
吉田が、それにうなずいた。
「なるほど、哀川先生も蔦沼にお住まいでしたね」
民治老人は腑に落ちない様子で、
「しかし、なぜ蔦沼の警察とヤクザが滝川村に? 逃げるヤクザを警察が追っているにしては、順序が逆じゃないか」
「その関係性は、今は判断のしようがありません。とりあえずの問題は、警察の方です。電気店の御隠居によれば、あのトンネルを見つけて、すでに進入したそうです。つまり当家に向かっております。なんらかの捜査活動中にせよ、通常、隣県の私服用無線車がいきなり県境を越えて縄張り違いの土地を捜査することはありません。合同捜査本部が置かれるほどの大事件か、あるいはよほどの緊急事態か――いずれにせよ、間もなく当家に到着します」
民治老人が、美津江刀自に言った。
「……やっぱり、あのお二人の件かな」
「そうとしか思えないわね」
吉田が主人夫婦に言った。
「私もあの二人に、確認したいことがあります」
美津江刀自は、やれやれ、と言うような顔で、
「哀川先生、それから斎実さんと慎太郎さん、まだお昼ご飯もさしあげていないのに申し訳ないんですけど、ちょっといっしょに来てくださる? 百合はここに残ってちょうだいな。すぐに戻るから」
斎実と慎太郎は、即座にうなずいた。
何が起きているのか定かではないが、自分たちが呼ばれた以上、警察やヤクザとは違う性質の何者かが、先で待っているはずである。
哀川教授は怪訝な顔で、
「私も御一緒してよろしいのですか?」
「ええ、先生も一度は会っている方が、上の部屋に逗留していらっしゃるの」
トビメが主人たちの移動を察し、斎実の前の竹筒に、ちょろちょろと這いこんだ。
美津江刀自の「どうぞ」と言うような目配せに応じ、斎実が竹筒を懐に収める。
残った管生の竹筒は、斎実の目配せで慎太郎が手にし、その口を管生に向けた。
「おお、いよいよ『御子神
管生のからかうような口調に、慎太郎は笑って応じた。
「分家の粗末な供え物で、お前が我慢できるならな」
「かまわぬ。おぬしといると、奇天烈な珍味佳肴が味わえる。まあ十年に一度もなかろうが、千年生きた俺には、新奇な珍味が何よりぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます