天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第25回

 ともあれ斎女の目には、今の杉戸伸次が、濃密な『はく』にまみれた人型としか映っていないのは確かだった。

 美津江刀自が、斎実に訊ねた。

「私も、ずいぶん『はく』の濃い子だとは思ってたんだけど、そんなにひどい?」

「はい。もしこの子が平気で人を殺すような悪人だとしても、ここまでの『はく』は外に漏れないと思います。たぶん最近、得体の知れない『はく』のこごりに、体ごと浸かってますね」

 美津江刀自は、満足げに頬笑んで、

「斎実さん、あなた、ことによったら斎子ちゃん以上の『御子神みこがみ斎女ときめ』になれるわ」

 隣の慎太郎も、常々そう思っている。それだけに、肉食系すぎる性格が問題なのだ。

 美津江刀自は、伸次に目を向け、

「伸次君、そろそろ本当の事を話してくれないかしら。あなたや寬枝さんには見えなくても、あなたのお祖母様には見えていたはずよ。この斎実さんほどじゃないにしても、私に見える程度には、あなたが引きずっているドロドロの『はく』が――『はく』と言っても、あなたには解らないわね――つまり、あなた自身の『けがれ』よりも桁違いの『穢れ』が、見えていたはずなの」

 伸次は怯えながら、

「……俺、どうなるんですか?」

「それは『はく』の育ちしだいね」

 美津江刀自は言った。

「祓えば落とせる『はく』もあるし、逆に、祓われまいと染みこんでしまう『はく』もある。もし染みこまれたら、あなたはじわじわ弱って死ぬかもしれないし、逆に、誰彼かまわず殺し始めるかもしれない。それを見極めるために、『はく』のぬしを知る必要があるの」

 そこに、民治老人と吉田が戻ってきた。

「あら、警察は、もう済んだの?」

「ああ、知らぬ存ぜぬを通したら、すぐに帰ってくれたよ」

 民治老人の簡単すぎる説明を、吉田が補った。

「あの様子では、やはり相当な裏がありますね」

 吉田は元警察関係者だけに、色々と察したらしい。

「『十日ほど前に、蔦沼市で三人の高校生が消息を絶った。その内の一人が滝川村に立ち寄ったという情報があり、事実関係を確認中なので少々お話を伺いたい』――それだけの用件しか口にしません。事件性があるのかと私が訊ねても、明確な返事がない。単なる家出ではないのかと訊ねたら、その可能性もあると言葉を濁す。そんな段階で、令状もなく他県の私有地に踏みこむはずがありません。要するに彼らは、ここに家があり人が住んでいることを確認できれば、それでよかったんでしょう。どのみち今日の未明に伸治君がこの森にいたことは、GPSで確実なんですから」

「十日前――寬枝さんと伸次君が、夜中に訪ねてきた日ね」

 美津江刀自の言に、寬枝がうなずいた。

 すると、伸次が重い口を開いた。

「……俺、あの日、蔦沼の教育委員会に呼ばれてたんです。光史と茉莉も一緒に」

 吉田が伸次に訊ねた。

「光史と茉莉――それは例のいじめ事件の子たちだね? つまり教育委員会が再調査のために、いじめた側の三人を集めたわけだ」

「はい……で、その帰りに……」

 伸次は、言い淀んだ末、

「……ゾンビみたいな奴らが出てきて……」

 唐突に使われたゾンビという言葉に、他の皆はホラー映画の典型を連想して違和感を覚えたが、

「俺、なんとか逃げて……でも、あの二人は、それっきり……」

 伸次は文字通りわなわなと震えながら、頭を抱えこんだ。

「きっと、ゾンビに食われたんだ……」

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