天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第26回

 よほど思い出したくない記憶なのだろう、伸次の要領を得ない話からその日の出来事を再構成するのに、小一時間が費やされた。


 十日前の午後、杉戸伸次は蔦沼タワービルの十八階にある教育委員会を訪ね、小会議室で数人の職員から聴聞ヒアリングを受けた。池川光史と犬木茉莉も同席していた。世間での大炎上を知っていたため、伸次は事前にかなりの不安を抱いていたが、実際は、冬に中学で話した内容を再確認する程度の、形ばかりの聴聞だった。

 池川光史や犬木茉莉は、初めから何の不安も抱いていなかったらしい。そもそも冬の時点で、それぞれの親が結託し、市教のみならず県の教育委員会まで根回しを済ませている。光史の父親である池川泰光ひろみつは、与党の県会議員を何期も勤める有力者だし、茉莉の父親の犬木剛司ごうじは、県下に多数のアミューズメント施設を経営する犬木興産の会長である。伸治の父親の杉戸大蔵も、県都と蔦沼市一帯に多くの土地を所有する不動産会社・杉戸土地開発の社長で、蔦沼タワーシティーの開発にも当初から関わっている。不祥の息子や娘に対する思いはそれぞれ違っても、身内のスキャンダルは何より疎ましいだろう。

 そうして池川光史と犬木茉莉はいつものように笑いながら、伸次だけはいささかの屈託を残しながら、十八階の通路を帰途についた。

 その途中、停電が起きた。

 真っ暗闇で何一つ見えなかったと言う伸次に、吉田や民治老人は疑問を投げかけたが、伸治はあくまで完全な闇に包まれたと断言した。

 その闇の中、通路横の扉が開き、唯一明るい部屋の中から、見知った大人が顔を出した。

 中学時代の教頭――学校では謹厳実直を装っているが、その実、校長共々何かと私生活に裏があり、三人のいじめ行為を隠蔽せざるを得ない立場の教師だった。伸次は裏事情の詳細など知る由もなかったが、自分たちの味方であることは、父親の言葉の端々から、すでに察していた。光史や茉莉も同様らしい。

 その教頭に導かれ、書類棚の並ぶ一室で、停電が終わるのを待つことにしたのだが――。


「部屋の奥から、その、ゾンビのような――腐った死体のような群れが現れ、他の二人を連れ去ったと言うのね」

 美津江刀自の念押しに、伸次は震えながらうなずいた。

「あなただけはなんとか逃げのびて、通路に駆けだしたら、もう停電は終わっていた。それでビルの外に逃げだし、そのままお祖母様の祈祷所に逃げこんだ――」

「……はい」

 一般人の前で披露したら狂人扱いされそうな話だが、幸い、この場にいる面々のほとんどが、いわゆる一般人ではない。常識人に見える吉田さえ、過去、超常現象に遭遇した経験があり、山室夫妻もそれを知っている。

 吉田は伸次の話を吟味する一方で、横にいる哀川教授の挙動が気にかかっていた。

 哀川教授は、話の途中から、しきりに自分のスマホを操作している。着信があった訳ではなく、誰かにアクセスを試みているらしい。

「先生、どうかなされましたか?」

「……息子に連絡したいんだが、繋がらないんだよ。LINEもメールも……通話にも出ない」

「何か急用でも?」

 哀川教授はスマホを収め、

「実は今日、息子が蔦沼タワービルに行ってるんだ。そのいじめ事件の件で、教育委員会に呼びだされてね。もう聴聞ヒアリングは終わっているはずなんだが……」

 他の全員が、哀川教授を見る。

 哀川教授は、伸次に言った。

「君は哀川拓也を知っているだろう。中学の同級生だった哀川拓也だよ」

 伸次がうなずくと、

「哀川拓也は私の息子なんだ」

 伸次は目を見張った。自分とは対照的な、忘れられない存在感の同級生である。しかし、目の前の『』が、同じ漢字の姓であることさえ知らなかった。

「それに、他にも気になる事があります」

 哀川教授は山室夫妻に言った。

「私も蔦沼市教には、仕事柄、郷土史がらみの行事に協力を依頼されて、何度も出入りしています。タワービルのオープン以来、あのフロアのイベント・スペースで常設されている『蔦沼歴史散歩』の構成にも関わり、夏前にも一度、講演で顔を出しました。しかし、伸次君の言う通路の横に、扉など一つもありません」

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