天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第27回
しばしの沈黙の後、美津江刀自が言った。
「――現場を調べてみるしかないわね」
その時、吉田のスマホが鳴った。
「――電気店の御隠居からです」
吉田はLINE通話に応じ、
「はい、いつも御苦労様です。――はい――はい――なるほど了解しました。――いえ、お気遣いなく。後はこちらで対処しますから」
手短に通話を終え、皆に伝える。
「集落で動きがありました。警察の二台が去った直後、喫茶店で待機していた黒塗りの三台が、こちらに向かったそうです」
民治老人が顔をしかめ、
「どうしたことだ? 警察の仕事をヤクザが引き継いだとでも言うのか?」
「少なくとも、GPS情報は共有していますね。それから、御隠居が喫茶店のマスターから聞いた話によれば、待機中の連中の会話で、何度か同じ言葉が聞こえたそうです。『会長』と『お嬢さん』――その二つだとか」
伸次がぽつりと言った。
「……茉莉を探してるんだ」
「そうか――」
吉田がうなずいて、手早くスマホを操作し、入力を繰り返す。
「――情報源は明かせませんが、犬木
そう皆に言って、さらに検索を重ね、
「そして、こちらは公式情報ですが――池川
哀川教授が、独り言ちるように言った。
「なるほど……確かに蔦沼市では、昔から官憲と企業舎弟の癒着が取り沙汰されている」
言い終わらない内に、その場で立ち上がり、
「でも、それは私には関係のない事だ。――すみません、皆さん、私は先に帰らせていただきます。息子の様子を確かめないと」
「待ってちょうだい、哀川先生」
美津江刀自が引き止めた。
「今すぐ出るなら、こっちも徒党を組んだほうがいいわ」
民治老人も言い添える。
「むしろ、しばらくこの家を
「――そうね」
美津江刀自は、卓上インターホンのボタンを押し、
「ちょっといいかしら、篠川さん、関さん」
『はい、なんでしょうか、奥様』
「いきなりでごめんなさい。これからちょっと、外出しようと思うの」
『いったい何があったの、お祖母様』
インターホンから百合の声が返った。
『さっきの警察と関係があるの?』
百合も女中たちと台所にいたらしい。
「いえね、別にこっちが悪いわけじゃないんだけど……」
百合の声を聞いて、美津江刀自は
「あなたの旅館に、しばらく逗留させてくれないかしら。お客様も何人かお連れしたいの。そう、それから篠川さんや関さんも、吉田さんも一緒に」
『……私はかまわないけど、もうお昼の準備ができてるわよ』
戸惑う百合の声の後ろで、『やったあ、温泉旅行』と喜ぶ関嬢の声が聞こえた。
「お重やタッパーに詰めて、お弁当にしてちょうだいな」
美津江の指示に、今度は篠川嬢の声が返った。
『それはよろしいのですが、長逗留となりますと、
関嬢よりも地道な性格らしい。
「貴重品だけ持って行けばいいわ。足りない物は、服でも化粧品でも小物でもなんでも、ちゃんと調達してあげるから」
『……承知しました』
まだ腑に落ちないらしい篠川嬢の後ろで、『やったあ、大名旅行』と喜ぶ関嬢の声が聞こえた。
民治老人が、微笑して言った。
「なんだか、あの昭和三十九年の騒ぎを思い出すな」
「あの時の外人さんたちとゾンビ、どっちが手強いかしらね」
この老夫婦は本当に底が知れない――吉田は先を案じながら、山室夫妻に釘を刺した。
「ゾンビの前に、ヤクザの車列と正面衝突しますよ」
「そのために吉田さんがいるんでしょ」
さらりと言われてしまい、いよいよ山室夫妻が、雇われた当初に連想した北欧童話のファンタジックな
「二台くらいは排除しますが、三台となると、ちょっと……」
元交通機動隊員だけに、暴走族レベルの車なら数台は潰す自信のある吉田だが、あえてそう口にしてみる。
すると、斎実が後ろから、
「大丈夫です。うちのクーちゃん、何でも食べますから」
慎太郎も、不承不承うなずいた。確かに
そんな二人に、吉田は畏敬とも連帯感ともつかぬ、奇妙な心強さを覚えた。
風変わりな和装以外は、ごく普通に見えるこの若者たちも、実は山室夫妻と同様の存在なのだ――。
哀川教授と杉戸
天壌霊柩 序ノ弐 ~式神たちの旅~ 〈完〉
(この物語は、異なった登場人物たちによる【天壌霊柩 序ノ壱 ~超高層のマヨヒガ~】と並行しており、今後は両話の人々が合流して【天壌霊柩 破ノ壱 ~無辺葬列~】に続きます)
天壌霊柩 序ノ弐 ~式神たちの旅~ バニラダヌキ @vanilladanuki
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