天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第27回

 しばしの沈黙の後、美津江刀自が言った。

「――現場を調べてみるしかないわね」

 その時、吉田のスマホが鳴った。

「――電気店の御隠居からです」

 吉田はLINE通話に応じ、

「はい、いつも御苦労様です。――はい――はい――なるほど了解しました。――いえ、お気遣いなく。後はこちらで対処しますから」

 手短に通話を終え、皆に伝える。

「集落で動きがありました。警察の二台が去った直後、喫茶店で待機していた黒塗りの三台が、こちらに向かったそうです」

 民治老人が顔をしかめ、

「どうしたことだ? 警察の仕事をヤクザが引き継いだとでも言うのか?」

「少なくとも、GPS情報は共有していますね。それから、御隠居が喫茶店のマスターから聞いた話によれば、待機中の連中の会話で、何度か同じ言葉が聞こえたそうです。『会長』と『お嬢さん』――その二つだとか」

 伸次がぽつりと言った。

「……茉莉を探してるんだ」

「そうか――」

 吉田がうなずいて、手早くスマホを操作し、入力を繰り返す。

「――情報源は明かせませんが、犬木剛司ごうじ会長は、大正から昭和中期まで隣県一帯を仕切っていた興行系ヤクザの血縁者ですね。彼自身のプロフィールには一点の違法行為も存在しませんが、五年前に亡くなった先代会長、つまり犬木剛司の父親の代までは、怪しい噂が絶えなかったようです」

 そう皆に言って、さらに検索を重ね、

「そして、こちらは公式情報ですが――池川泰光やすみつ県会議員は、警察畑の出身です。県内の主要都市で署長を歴任した後、蔦沼警察署で県議選立候補のために早期退職――おそらく息子を探すために、古巣を動かしたんでしょう。そこで行方不明の三人の内、伸次君のGPSだけが検知された――探す側から見れば、三人が行動を共にしている可能性も高いわけですから」

 哀川教授が、独り言ちるように言った。

「なるほど……確かに蔦沼市では、昔から官憲と企業舎弟の癒着が取り沙汰されている」

 言い終わらない内に、その場で立ち上がり、

「でも、それは私には関係のない事だ。――すみません、皆さん、私は先に帰らせていただきます。息子の様子を確かめないと」

「待ってちょうだい、哀川先生」

 美津江刀自が引き止めた。

「今すぐ出るなら、こっちも徒党を組んだほうがいいわ」

 民治老人も言い添える。

「むしろ、しばらくこの家をからにしたいな。厄介な来客が、続かないとも限らない」

「――そうね」

 美津江刀自は、卓上インターホンのボタンを押し、

「ちょっといいかしら、篠川さん、関さん」

『はい、なんでしょうか、奥様』

「いきなりでごめんなさい。これからちょっと、外出しようと思うの」

『いったい何があったの、お祖母様』

 インターホンから百合の声が返った。

『さっきの警察と関係があるの?』

 百合も女中たちと台所にいたらしい。

「いえね、別にこっちが悪いわけじゃないんだけど……」

 百合の声を聞いて、美津江刀自は咄嗟とっさに思いつき、

「あなたの旅館に、しばらく逗留させてくれないかしら。お客様も何人かお連れしたいの。そう、それから篠川さんや関さんも、吉田さんも一緒に」

『……私はかまわないけど、もうお昼の準備ができてるわよ』

 戸惑う百合の声の後ろで、『やったあ、温泉旅行』と喜ぶ関嬢の声が聞こえた。

「お重やタッパーに詰めて、お弁当にしてちょうだいな」

 美津江の指示に、今度は篠川嬢の声が返った。

『それはよろしいのですが、長逗留となりますと、私共わたくしどもにもそれなりの旅支度が』

 関嬢よりも地道な性格らしい。

「貴重品だけ持って行けばいいわ。足りない物は、服でも化粧品でも小物でもなんでも、ちゃんと調達してあげるから」

『……承知しました』

 まだ腑に落ちないらしい篠川嬢の後ろで、『やったあ、大名旅行』と喜ぶ関嬢の声が聞こえた。

 民治老人が、微笑して言った。

「なんだか、あの昭和三十九年の騒ぎを思い出すな」

「あの時の外人さんたちとゾンビ、どっちが手強いかしらね」

 この老夫婦は本当に底が知れない――吉田は先を案じながら、山室夫妻に釘を刺した。

「ゾンビの前に、ヤクザの車列と正面衝突しますよ」

「そのために吉田さんがいるんでしょ」

 さらりと言われてしまい、いよいよ山室夫妻が、雇われた当初に連想した北欧童話のファンタジックな妖精トロルより、同じ呼称でも、邪悪な醜鬼トロルの気配を帯びたように感じる。

「二台くらいは排除しますが、三台となると、ちょっと……」

 元交通機動隊員だけに、暴走族レベルの車なら数台は自信のある吉田だが、あえてそう口にしてみる。

 すると、斎実が後ろから、

「大丈夫です。うちのクーちゃん、何でも食べますから」

 慎太郎も、不承不承うなずいた。確かに管生くだしょうは、いわく付きのけがれにまみれた乗用車を、丸ごと呑んだことがある。しかし、それは無人の廃車の話であって、ヤクザが乗っていたわけではない。

 そんな二人に、吉田は畏敬とも連帯感ともつかぬ、奇妙な心強さを覚えた。

 風変わりな和装以外は、ごく普通に見えるこの若者たちも、実は山室夫妻と同様の存在なのだ――。

 哀川教授と杉戸母子おやこだけが、純粋な不安を顔に浮かべている。




   天壌霊柩 序ノ弐 ~式神たちの旅~ 〈完〉



(この物語は、異なった登場人物たちによる【天壌霊柩 序ノ壱 ~超高層のマヨヒガ~】と並行しており、今後は両話の人々が合流して【天壌霊柩 破ノ壱 ~無辺葬列~】に続きます)

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天壌霊柩 序ノ弐 ~式神たちの旅~ バニラダヌキ @vanilladanuki

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