天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第2回

 対処に窮した慎太郎は逆方向に目をそらし、開け放たれた障子から、裏庭の凌霄花のうぜんかずらを眺めてごまかした。

「……今年も綺麗に咲いたなあ」

 だいだい色の花々が垣根の群葉を彩り、夏の南風にそよいでいる。

 その時、手前の縁側を、斎実の母親が和服姿でぱたぱたと横切っていった。淡い夏竹柄の大島紬はいかにも涼しげだが、両手で抱えている風呂敷包みがよほど重いのか、額に汗が浮かんでいる。

 そのまま通りすぎようとするので、慎太郎はあわてて声をかけた。

斎江ときえおばさん!」

 正確には伯従母いとこおばなのだが、慎太郎は昔からそう呼んでいる。

「ちょっと、こっちにいいですか?」

 斎江は立ち止まって、座敷の二人を一瞥し、

「そっちの件は、慎ちゃんに丸投げするわ。私、またすぐに病院に戻らなきゃいけないの。母さんたら入院したとたん、あれ持ってこいのあれ買ってこいの、やたらうるさくなっちゃって。そりゃ毎日元気すぎるくらい出歩いてた年寄りがいきなり動けなくなったら、とりあえず口を動かすしかないのはわかるんだけどね。いっそ父さんも退職して、母さんの相手をしてくれればいいのに」

 早口にそれだけ言って、そのまま立ち去ろうとする。実の娘が若い男にべったり密着している姿を見ても、まったく動じていない。

 慎太郎は、呆れて食い下がった。

「こっちの元気すぎる娘にも、何か言ってやってくださいよ」

 斎江は斎実に言った。

「斎実、御上家うちの初孫は女の子が大吉よ。初夜の前には、しっかり産み分けの祝詞のりとを唱えてね」

「うん」

 斎実が真顔でうなずき、斎江も真顔でうなずき返す。

「じゃあ慎ちゃん、後はよろしく」

 斎江はひらひらと手を振って、足早に去っていった。

 斎実は慎太郎の肩に頬をすりよせ、

「あたしは、どっちでもいいよ。女の子でも男の子でも、慎兄ちゃんの子供なら」

 慎太郎は憮然として、

「俺は平凡な民俗学者になって、平凡な家庭を作るんだ」

「あきらめなよ。お祖母ばあちゃんもお母さんも、慎爺ちゃんより慎兄ちゃんのほうが、ずっと筋がいいって言ってるし。『妖怪ハンター』の稗田礼二郎先生みたいな、アヤしい学者さんになればいいじゃない」

 斎実は天真爛漫な笑顔を浮かべ、

「平凡なお嫁さんなんかもらっても、どうせ三日で逃げちゃうよ」

「…………」

 慎太郎は、また言葉に詰まった。

 まさか三日で逃げるとは思わないが、半年以内には確実に逃げそうな気がする。

 いや、その妻が、夫婦生活において何よりも夫の経済力を重視するタイプの平凡なヽヽヽ妻ならば、生涯添い遂げられるかもしれない。

 御上家の場合、実は分家の男衆も、ある種の才能に恵まれさえすれば、本家ではこなせないタイプの仕事を手伝って、少なからぬ臨時収入を得られる。祖父がそうであったし、その後の男系親族が誰一人才能に恵まれなかった分、なぜか慎太郎にまとめて才能が現れ、学生にしては分不相応な、自力で大学院を目指せるほどの貯金もできた。

 ただ問題は、その平凡な妻が、夫の稼ぎのためにどこまで社会常識を捨ててくれるか、である。いや、そもそも御上家の稼業を容認できる時点で、すでに平凡な妻ではない。

「……俺は、これ以上、御上家うちの血筋を濃くしたくないんだよ」

 慎太郎は、そう答えるしかなかった。

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