天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第23回

 民治老人と吉田が去り、今は伸次だけが脚を胡座あぐらに崩し、美津江刀自以外の皆は正座している。自然、美津江刀自が一段高い目線になるが、元来の風格もあって、座の治まりがいい。

 美津江刀自は、まず室内にいた二人を、改めて慎太郎と斎実に紹介した。

「こちら、杉戸寬枝ひろえさんと、息子さんの伸次君。寬枝さんは結婚するまで、蔦沼市で祈祷所を開いている家のお嬢さんだったの。今は寬枝さんのお母様が、お一人で頑張っているわ。御祭神は恵比寿様だから、私や御上さんの家とは流儀が違うんだけど、私が現役だった若い頃までは、家同士、ずいぶん懇意にさせていただいていたのよ」

 その杉戸寬枝に、斎実と慎太郎は、まったく同業者の気配を感じなかった。

 管生くだしょうのように強烈な式神を受け継ぐ家系とは違い、一般の神社同様に恵比寿を祀る祈祷師なら、血筋よりも個人の資質が問題になる。事実、実際に古代神の依代となれる祈祷師など、斎実も慎太郎も未だに見たことがない。おそらく杉戸寬枝の母親は、自分が古代神の依代であると信じることによって能力を発揮するタイプなのだろう。

「そして寬枝さん、こちらのお二人は、御上斎実さんと御上慎太郎さん。まだお若いけれど、たぶんあなたのお母様よりも桁違いの力があるわ。特に斎実さんは、もうすぐ『御子神みこがみ斎女ときめ』を継ぐ方だから」

 寬枝は、その名跡を知っていたらしく、息子より少し年長なだけの斎実に、改まった会釈を見せた。そんな古い名跡など知らないはずの伸次も、母親を見習い、かしこまって頭を下げている。

「それでね、寬枝さん。あなた方がここに隠れている理由を、哀川先生や御上さんたちにも知っていただこうと思うんですけど、よろしいかしら」

「……はい」

 寬枝が覚悟したようにうなずくと、美津江刀自は慎太郎たちに向き直り、

「哀川先生は地元だから御存知でしょうけど、御上さんたちは御存知かしら。今、蔦沼市で大騒ぎになっている、中学校のいじめ事件」

「おおよそは耳にしてます。いわゆるですっぱ抜かれたり、国会でも問題になってましたから。ただ、蔦沼市の中学の話と聞いただけで、それ以上の事は知りません」

 慎太郎の言に、斎実もうなずく。ネット界隈では、中学名や個人名の特定で大騒動になっているようだが、そもそも発信者不明の噂話を気にするほど、慎太郎も斎実も暇ではない。

「やっぱり日本中に、話が広がっちゃってるのね」

 美津江刀自は言った。

「週刊誌やニュースでは、関係者全員が仮名になってるけど、実はいじめた生徒の一人が、この伸次君なの」

 杉戸伸次は、全員の視線を集めてしまい、力なくうつむいている。

「……そうなんですか?」

 哀川教授が意外そうに言った。

 慎太郎にも、その少年がそこまで悪い人間には見えなかった。むしろいじめられる側に回りそうな、卑屈な少年に見える。ただ、隣の斎実の、異様な物を見るような厳しい視線から察するに、心の内はかなり汚れているのかもしれない。

 斎実は形式的な結印や唱呪を行わなくとも、それらの儀式を精神的に行うだけで、同じ結果が得られる。つまりはたから見れば、相手を凝視するだけで、その内心を読める。対して慎太郎は相手に接触しなければ、相手の記憶に介入できない。

 美津江刀自が話を続けた。

「この子に聞いた話だと、彼の遊び仲間の女子生徒が、その被害者の女子生徒を嫌ってて、伸次君や他の男子生徒を、いじめに巻きこんだらしいのね。もう一人の男子は、やっぱり被害者の女子を嫌ってたから、喜んで話に乗った。そして伸次君は、特にその女子を嫌ってたわけじゃないんだけど、遊び仲間二人につきあう形で、いっしょにいじめてしまった――」

 美津江刀自は、思わせぶりに間をおいて、

「――でもそれは、あくまでこの子の自己申告だから、本当のところは私にも判らない。寬枝さんだって、母親として子供を信じたいのは山々でしょうけど、やっぱり確信はないと思うの。なぜなら伸次君は、中学に入ったあたりから、その遊び仲間二人と無断外泊を繰り返したり、もっとの悪い年上の不良とつきあったりして、寬枝さんや他の家族とは、ろくに口もきかないような生活を続けていたから」

 遠慮会釈もない言葉だが、美津江刀自の淡々とした口調に、反感や悪意は感じられなかった。彼女の神秘的な存在感そのものが、善悪や清濁を超越した中立性、いわば高次の仏性ぶっしょうを帯びているからだろう。

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