天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第18回

「あなたなら大丈夫。ちょっと待っててね」

 美津江刀自が、どっこいしょ、とつぶやきながら腰を上げると、すかさず民治老人が立ち上がって横から支えた。

 百合も立ち上がり、神棚に向かう祖母を、祖父と共に両脇で支える。

「ありがとう」

 それから美津江刀自は、慎太郎たちを振り返り、

「年はとりたくないものね。私の人生、あと十年続いたら上等かしら」

「なに言ってるの、お祖母様」

 百合が咎めるように言った。

「春先まで元気に歩き回ってたじゃない。なのに、年甲斐もなく自分で漬け物石を持ち上げたりするから」

 美津江刀自が、微妙な顔で孫娘を制した。

「これこれ……」

 お客様の前で、そんな恥ずかしい話をするんじゃありません――そんな顔だった。

 すると斎実が、なぜか嬉しそうに、

「うちのお祖母ちゃんと一緒です。やっぱり仲良し同士なんですね」

 怪訝な顔をする皆に、慎太郎が補足した。

伯祖母おおおば本人は、急病で入院したとそちらにお伝えしたようですが……実は先月、漬け物石を持ち上げようとして、椎間板ヘルニアを患いました」

「あらまあ……お気の毒に」

 美津江刀自は、眉をひそめながらも、どこかしら嬉しそうだった。

 斎実が、さらに補足する。

「でも、この症状は十代から四十代くらいの若い人に多いとお医者さんに聞いて、お祖母ちゃん、喜んでたみたいです。『私はまだ四十歳!』とか言いながら、手術後のリハビリやってます」

「……斎子ちゃんらしいわ」

 美津江刀自が羨ましそうに言った。

「私もあやかりたいけど、そこまでサバを読むのは、ちょっと無理」


 美津江刀自は神棚に手を合わせると、扉を開いて、細長い紫の布袋を取り出し、夫と孫娘に支えられながら、こちらに戻ってきた。

 置き囲炉裏の縁に置いた布袋は、御上家が管生くだしょうを飼っている竹筒の袋と、ほぼ同じものである。

 呼応するように、斎実が懐から自分の袋を引き出し、囲炉裏の縁に置く。

 それから二人は袋の房紐を解いて、竹筒の蓋を外した。

 こちらの管生が先に顔を出し、しげしげと美津江刀自を見やった。

「変わっておらんな、美津江。――と言いたいところだが、ずいぶんしわくちゃになったな、美津江。斎子の老けっぷりと、いい勝負だ。いや、斎子は元々黒髪だったが今は真っ白になっておるから、元々白髪のおぬしよりも老けた理屈だな」

 美津江刀自は、久々に再会した不良息子でも見るように苦笑している。

 管生は、ちょろちょろと囲炉裏の縁に下り、斎実の茶菓子を勝手に囓りながら、

「人間という奴は、どんな術者でも寿命には逆らえぬとみえる。しかし俺は近頃、そこがうらやましくてならぬ。なにせここ千年、世の中は呆れるほど様変わりしたが、人そのものは相変わらず馬鹿ばかりだ。この先、賢くなる様子もない。正直うんざりする。俺もそろそろ、自分の寿命を終わりにしたいよ」

「おまえさんは、ちっとも変わらないね」

「ま、俺も白髪が増えた気はするが、元々白毛だから自分でも判らぬ」

「うちのトビメは、けっこう変わったよ」

 美津江刀自は、自分の竹筒の中を、人差し指で軽くつついた。

 竹筒の口から、管生によく似た、やや小ぶりの顔が覗いた。

 直前まで眠っていたのか、寝ぼけたようにあたりを見回していたが、管生の姿に気づくと、

「きゅん!」

 一声啼いて竹筒から飛び出し、管生に駆け寄った。

「きゅん、きゅん」

 何か訴えるように啼きながら、管生の首筋に首を絡ませ、鼻先をすり寄せる。

「こらこら、くすぐったいではないか」

 見ている斎実は、それこそ萌えつきそうな顔で、

「か、かわいい。やっぱりラブラブなんだ」

「だから違うと言うに」

 美津江刀自は、そんな三人、もとい一人と二匹を優しげに見守りながら、

「斎実さん、よろしかったら、その子を――うちのトビメを、もらっていただけないかしら」

「はい?」

 斎実は目を丸くして美津江刀自を見つめ、相手が本気らしいのを悟ると、

「……ほんとにいいんですか?」

「ええ。私もいつまでこの子を世話できるかわからないし、斎実さんのところなら、たぶん末長く使っていけると思うの」

 斎実は迷わず答えた。

「喜んで!」

 わざわざ頼まれなくとも、こっそり懐に隠して持ち帰りそうな勢いだった。

 慎太郎も異存はない。それが今回の用件ならすぐに済んでありがたいし、今後じっくり管生とトビメの個体差を研究できる。

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