天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第17回
「哀川先生――」
慎太郎は、畏敬の眼差しで訊ねた。
「『東北の歩き巫女』や『
哀川教授は、ほう、とつぶやき、
「まさか読んでくれたのですか? あんな堅苦しい研究書は、私の生徒が単位欲しさに嫌々買いこむだけかと――」
「洛都大学の田所先生に貸していただきました。特に『梓巫女の系譜』には感銘を受けて、自分用に取り寄せました」
『梓巫女』とは、特定の神社に属さず諸国を巡り、梓弓の弦を矢柄あるいは細棒で打ち鳴らしながら託宣や呪術を行っていた『歩き巫女』の一種である。かつては東北や関東に数多く見られたが、昭和の戦後に途絶えてしまい、今では恐山のイタコの中に、類似する流儀を残すばかりである。
「僕は田所先生の弟子なんです。いえ、今はただのゼミ員ですけど、できれば大学院でもお世話になりたいと勉強中で」
「おやおや、おやおや――」
哀川教授は、親しい後輩に対する口調に変わり、
「田所先生のお弟子さんなら、研究対象は、やっぱり古民具かな?」
「はい。主に日本の藁細工の歴史的変遷、加えて日本と東アジアの比較研究を」
「それでも東北の民間信仰に興味があるのは、君が元々、御子神の血筋の人だから?」
「はい。僕としては、蝦夷やアイヌのシャーマンが御子神家のルーツだと思いたいんですが、たとえば『梓巫女』にも、大和朝廷から東に流れた一派がありますね。それなら『
「両方だろうね」
「はい?」
「そもそもアイヌと蝦夷は、文化の差異も民族的なルーツの差異も、歴史的には極めて曖昧だ。しかし、どちらも元々はシベリア経由で日本列島に渡って来た民族と考えていいだろう。だから宗教的には、原始的な
「はい」
「一方、大和朝廷側は、当初こそ北方系と大差ない
「はい」
「私が見るところ、君の家系や山室さんの家系で受け継がれている神事は、北方系と朝廷系の
「なるほど、東北と大和の合作ですか……」
「まあ、あくまで私の仮説だよ。根拠となる資料が見つかったわけじゃない」
「神保町あたりで見つかりませんかね」
「何軒か古文書専門店に頼んでるけど、二十年たっても出てこない」
「僕なら、あと半世紀は待てますが」
「私だって五十年くらい待てるさ。人生百年の時代は、すぐそこだ」
堅苦しいのか気安いのか微妙な談義に、斎実も百合も、山室夫妻も苦笑を浮かべている。
「学者さん同士のお話は、またお昼の後にでも楽しんでいただいてよろしいかしら」
美津江刀自が、区切りをつけるように言った。
「まずは斎実さんに――次の御子神斎女を継ぐ方に、お願いを聞いていただきたいの」
あえて御子神斎女と口にしたのは、元々それが先代の御子神斎女、旧知の友である斎子に伝えたかった用件なのだろう。
「はい、なんなりと」
斎実は居ずまいを正してうなずいた。
「わたくしにできることならよろしいのですが」
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