天壌霊柩 ~式神たちの旅~ 第13回

 年寄りじみて言う慎太郎に、斎実が混ぜっ返した。

「わざわざタイムスリップしなくても、慎兄ちゃん、たぶん斎子祖母ばあちゃんと同い年だよ。カラオケのレパートリーがいっしょだもん」

 それから百合に、

「女将さん、『リンゴの唄』とか『青い山脈』とか、知ってます?」

「ええ。昔の流行歌でしょう? やっと戦争が終わって、これからは明るく楽しく生きましょう、みたいな」

「はい。――で、どっちも最初のレコードはデュエットだったとか、知ってます?」

「そうなの?」

「はい。――で、慎兄ちゃんと斎子祖母ばあちゃん、ちゃんとデュエットできるんですよ。あたしが幼稚園に入る前から、いっしょにカラオケやってました」

 百合が思わず吹き出した。

 慎太郎は心外そうに、

「あれは婆ちゃんが、小遣いを餌にして無理矢理仕込んだんだよ」

 とはいえその頃から、学校中で大人気のポケモンより、管生くだしょうの昔語りを好んでいたのも確かだった。

 ちなみに今日の慎太郎の服装は、味も素っ気もない作務衣姿である。斎実の和装に合わせたわけだが、御子神家の流儀で、男系は何事も女系よりさらに地味に装おう。ただ、斎実が慎太郎のために吟味した作務衣だから、ありふれた紺色ではなく、ややお洒落系の樺茶色だった。


     *


 林間の未舗装道路とは思えないほど、路面は抜かりなく整備されていた。

 和やかなドライブを続けること数分、

「そろそろ見えますよ、慎太郎さんのお好きそうなものが」

 百合に言われて慎太郎が目を凝らすと、道の先の横手に、板葺き屋根の丸太小屋が見えてきた。その奥には、さらに粗末な掘っ立て小屋があり、前面はほとんど開け放たれ、中の土間いっぱいに大きな土竈が据えられていた。そして両脇には、積み上げられた薪の山。

「炭焼き小屋ですね。こんな古い造りで、現役なのは初めて見ました」

 慎太郎が嬉しげに言うと、

「古く見えますけど、数年前に建てたんですよ。――あと、あの社も」

 少し行った木立の奥に、唱歌の『村祭』に出てきそうな、小さな鳥居と社が見えた。片田舎の鎮守の森にふさわしく、どちらも粗末で古い。かろうじて神職が寝起きする広さはありそうだが、これ以上狭かったら、小さな社ではなく大きなほこらといったところか。

「両方とも、祖父母が住んでいた時のままに復元したそうです。実物はもっと離れていたそうですが、今はいつでも寄れるように、庭先にまとめて」

「庭先……」

 言われてみれば、炭焼き小屋を過ぎたあたりから、道は整った石畳に変わっている。

「それにしては、お住まいが見えてきませんね」

「もう見えてます」

 どこに、と訊ねようとして、慎太郎は気づいた。合掌造りの古民家が、木の間隠れに近づいている。木々の幹と同系色な上、サイズが予想外すぎて、これまで少しも気づかなかった。

 岐阜の白川郷で見かけるような、茅葺屋根が地面すれすれまで達する、ほぼ三角形のフォルムらしい。しかも、あの地で最大の民家より一回りは大きい。立派な格子蔵戸が四連並ぶ玄関口も、豪農の屋敷を思わせる。そんな世界遺産級の代物が、原生林に埋もれるようにして深閑と佇んでいる。

「……これも復元したんですか?」

 慎太郎が気圧けおされたように訊ねると、百合は意味ありげに頬笑んで、

「いえ、これは新築物件です」

「…………」

「ただの茅葺屋根に見えますけど、空からは森の一部に見えるように、ちゃんと配色してあるんですよ。道楽にも程があるでしょう?」

 そうですね、と言うには相手が凄すぎて、慎太郎は無言のままスピードを落とした。

 田舎家らしい開けた庭もなく、玄関のぎりぎりまで樹木が立ち並び、車寄せのスペースはまったく見当たらない。

 とりあえず玄関の手前で停車し、

「ここに停めてしまってもいいですか?」

 一応は訊ねたものの、どう考えても邪魔になる。慎太郎はレンタカーの選択を後悔した。フィールドワーク用の愛車と同じ、軽四駆のジムニーにすれば良かった。FJクルーザーはゴツすぎる。

「今、開けてもらいます」

 百合はスマホを取り出し、

「お祖父じいちゃん、お待たせ。御上さんたちをお連れしたわ。車庫を開けて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る