第8話 元三枚片ヒレ二十枚―4

「店主いるかな?」

 店の前を、掃除していた店員に尋ねるリサン。


「はい? 失礼ですがどちら様でしょう?」

 『知らない顔だな?』とばかりに、怪訝けげんそうな表情を浮かべる店員。


「ああ、『リサン』だと伝えてくれ。それでわかるハズだ」


「はい、わかりました。では少々お待ちを……」

 首を捻りながら、店員が店に入っていく。


「あの? この『エイヒレ箱』って、『売約済みだ』と言っていませんでしたか? 店員さん、リサンさんの名前聞いても全く覚えのない顔してましたが?」

 さっきのやり取りを聞いて、不安になるナルフ。


「あの時は、ああでも言わないとラクス様が諦めてくれなかったからな。大丈夫だ、店主とは旧知の仲だからな」

 リサンの説明から少しして、店の奥からドタバタとあわてながら店先に出てきた男。


「はっ、はぁっ。り、リサン様お久しぶりです! わざわざお越しいただかなくとも呼んでもらえば、こちらから王宮に出向きましたものを」

 息を整え終えた男が『ニッ』と笑う。


「すまんな、ドラガン。私はちょっと前に王宮を辞めたんだ、今は山小屋に住んでいるのでな。私からこちらに出向いたのさ」

 王宮を辞めたことを、隠さないリサン。

 それを聞いたドラガンは、『ギラリ』と経営者としての眼をリサンに向けた。


「えっそうなんですか? ならば、ウチの仕入れ担当として、その卓越した鑑定眼を存分に発揮してみませんか」

 『ズイッ』と顔を近づけるドラガン。リサンはちょっと困り顔で、一歩後ずさる。


「いや、今はまだ生活には困っていないからやめとくよ。それより、今日は見てもらいたい品があるんだ」

 ドラガンの誘いをサラリとかわして、リサンは背負いカゴから、自信作のエイヒレを取り出した。


「ほお? エイヒレですな? ではちょっと拝見……ふむ! これはすばらしい!」

 渡された物を吟味したドラガンは、そのエイヒレの品質を称賛した。


「乾燥具合も良し、香り良し、大きく均一の身。これは手間がかかってますな。最高級品として仕入れさせてもらいますよ。一枚銅貨二十枚でどうです?」

 大型小型合わせて三十匹のエイから取れた、エイヒレ二百枚。それに銅貨四千枚の値がついた。


「ええっ本当に!」

 目を見開き、驚くナルフ。

 それとは対照的な、静かに一度だけうなづくリサン。


 分けやすくするために、銀貨八十枚を『半分に山分けしよう』と言うリサンに『道具を貸してもらい、加工方法を教えてもらったのだから二十枚で良い』と突っぱねるナルフ。


 協議の結果、投網を買える銀貨十五枚を足した三十五枚をナルフ、宿代として五枚追加した四十五枚をリサン。このように分けることが決まった。

 

 「またのご利用をお待ちしております! あと、リサン様が我が店で『働いても良い』と思われたらいつでも来てください。歓迎しますぞ!」


「ああ、その時が来たら考えるよ。ではまたな!」

 深々と店先で頭を下げるドラガン。

 リサンは、それをさらりと躱し、『ササッ』と離れて、帰途についた。




 二日後、ナルフは帰村した。

 そして、帰りの宿代を引いて残った三十三枚の銀貨を、すべて網元のおやっさんに渡し、風通しの良い干し場の一角と今後三年間水上されるカス魚をナルフの物とする契約に成功する。


~その後~


 さすがにリサンの道具を駆使した時ほどの『高級エイヒレ』は出来なかったが、ヒレ一枚が銅貨十枚ほどの普通の『エイヒレ』の作成に成功にした。


 ナルフがドラガンに納入した『エイヒレ』は、すぐに居酒屋や食堂で人気となり注文がどんどん増えていく。


 もちろんナルフ一人では手に負えず網元と相談した結果。

 ナルフを頭とした、女性や老人工員主体の<干物工房>を、立ち上げる事に成功したのである。


 もちろん、その立ち上げにはリサンも関わり、指導料として利益の五分5%をしっかり受け取る契約をしている所は抜け目がない。


 ともかく、安定収入を確保した漁村は徐々に発展を始めた。

 ただ、それを良く思わない連中が、事件を起こす事になるのだが、まだそれは先の話。


 

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