第59話 危急存亡の日―3
ララ・トーラはロロアの港に、西国元王家の姫エルダ・リーラントを入れた麻袋を担いでやって来た。
そして港の隅で待つ、小舟に乗った<北島>漁師イダナに会う。
「イダナだったか? 準備は出来ているな?」
船底へ麻袋をそっと置きながら、船頭に尋ねるララ・トーラ。
「へい、いつでも出せます」
深めにフードを被った船頭イダナが小声で答える。
「ん? お前何だか少し黒くなったか? それに声が枯れたな?」
「へい、最近急に日差しが強くなりやしてね。あと、少し喉をやられました」
船頭イダナの変化に気付いたララ・トーラだが、急いで出航しないと撒いた追っ手がここに来る可能性がある。
(急がなくてはな。まあ、船頭が変な動きをしたら、切り捨てればよい)
そう思い、ララ・トーラは出航を指示する。
「ふむ、そうか。まあいい船頭、船を出せ!」
「へい!」
船は港を離れた。
イダナの船が出航して十分後の港。
ララ・トーラに上手く逃げられ見失っていたリサンは、海上にいるララ・トーラを発見する。
「グッ、すでに<自走槍>でも届くかどうか、ギリギリの距離……ん? あれは、エルダ姫! しまった、上手く合流されたか。だが、エスターの姿がないな? 仲間割れか?」
遠眼鏡を覗きながらリサンは首を捻る。
一方、海上のララトーラ達。
リサンが港に着く直前、麻袋の中で気づいたエルダは、外の状況がわからないでいた。
そして、袋の中で縛られた手足のロープを外そうと動いてしまい、ララ・トーラに気付かれ袋から引きずり出された。
今は、座らされ剣を突き付けられている。
「ララ・トーラ! こんな事しても西国王家はあなたを助けたりしない! 逃げるのはやめなさい!」
「は? 何を言っている。お前さんを『何としても連れ帰れっ!』て依頼したのは、お前の親、元国王夫妻だぞ? これで、約束を破って、依頼をこなした私を助けないなら、他の密偵にまったく信用されなくなる。だから、必ず私を助けるさ」
西国での実権を手放した元王家は、密偵を使い情報を集め、時には情報操作しなければ生き残れない状態である。
密偵を敵に回せば元王家は消える。
それは、元王家であるエルダが一番わかっているのである。
「くっ」
悔しそうに顔を歪めるエルダ。
「フン。わかればいい。大人しく座ってろ」
その二人の話を聞いて櫓をこぐ手を止め、疑問を口にする船頭。
「おい、あんたが誘拐犯だなんて知らなかったぞ? 名前も偽名とは。やっぱり悪人は嘘つきだな? 俺たち北島の船頭は犯罪者の逃亡を手伝ったりしない!」
船頭はフードを取り顔を見せた。
「あ? 貴様、誰だ! お前! 似てるがイダナじゃないな!」
エルダに向けていた切っ先を、船頭に向けるララ・トーラ。
「俺か? 俺はアサム、イダナの従兄だ。いいのか? 俺を殺したら船は動かんぞ?」
『じりっ』と後ろに下がるアサム。
「ふん、私も船ぐらい漕げる。北島までは無理だがな? どこかの浜にでも接岸して逃げるとするさ」
『ジリッ』と間を詰めるララ・トーラ。
アサムはさらに下がろうとするが、すでに船尾であり、これ以上下がれない。
しかし何故か『ニヤリ』と笑って、後ろに手を回し、ララトーラの様子を
その時の港。
「何っ! 合図したら親方自身に<自走矢>を投げろだと?」
そのアサムの後ろ手の動きを、港から遠眼鏡で見ていたリサン。アサムのハンドサインを読み解くと、『自分に矢を投げろ合図する』となった。
「状況からして、覚悟決めたな? 信じるぞ
リサンは<無音の自走矢>を三つ取り出し、すぐさま構えた。遠眼鏡を覗く左目でハンドサインを見つめ、右目でおぼろげに実際の的であるアサムの背中を見る。
そして、アサムの指が立つ。
リサンは、その合図を確認すると勢いよく腕を振った。
『シュボボボッ』『ピピヒュンッ」
綺麗に続く着火音の後、風切り音を残しアサムに向かって飛んでいく<自走矢>。
みるみるうちにアサムとの距離が縮まる。
(矢の到達まで三……二……)
タイミングを計っているのだろうか? まだ、動かないアサム。
「早く! 避けろ! しゃがめ!」
焦るリサンは大声で叫んだ。
その数秒前の海上。
「なんだ? 腰に武器でもあるのか? まあいい、素人武器など怖くはない。終わりだ」
問答は終わりとばかりに、一気にララ・トーラが距離を詰める。
「腰に武器は無いけどな! 武器援護はあるぜ!」
そう言った瞬間、アサムはその場にしゃがんだ。
アサムがしゃがむと同時に、船尾方向から、ララ・トーラの目の前に、音なく高速で飛来する三本の矢。
『何! こんな遠くに矢がなぜ届く!」
ララ・トーラは二本の矢を斬り弾き飛ばすが、残り一本が左肩に当たる。
「ぐわっ!」
そして、その強力な推進力にバランスを崩し、船の左舷から落水する。
『バッシャァアアン!』「キャアアッ!」
ただ、その反動で反対側に振られたエルダも、右舷から落水した。
「いかん!」
手足が縛られ、泳げないエルダを助ける為、アサムは迷わず海に飛び込んだ。
「プアッ! グブッ! わ、私はガフッ! 泳げない! ブッ! 助け!」
左舷から落ちたララ・トーラは、泳げないようで何とか船に近づこうとするが、逆に離れていく。肩に刺さった<矢>から血が噴き出し、暴れた事によって奴らが寄って来る。
「いかん! サメだ!」
アサムはエルダを何とか浮かせながら、周りをグルグルと回り出すサメに気付く。
アサムは、何とか海面から片手を上げて、手の握り開きを繰り返す。
それを、遠眼鏡で確認したリサンは、すぐさま<音あり>の<自走矢>を真上に打ち上げた。
「ヒュロロォオオオロローッ」
赤い煙を吐きながら港から高高度まで垂直上昇する<自走矢>。
離れた所からアサム達を監視追跡していた双胴船が、その赤い煙に気付いた。
すぐ、アサム達救出の為、全速で走りだす。
「いけえっ! 代行の救難信号じゃ! 急げぇ!」
船上でレブス老は、<自走槍>を片手に大声を張り上げる。
「うるさいよ爺さん! 危ないから槍はしまっとけ!」
「何を言っとる! 敵がおるんじゃろ?! イザと言うときの為に、用意せんといかんじゃろが!」
他人の危機をよそに、祭りを楽しんでいるような、賑やかな船上である。
一方、サメはアサム達の周りを泳ぎ続け、その周回する円を小さくし始めていた。
アサム達とララ・トーラの間にあった船は位置を少し変え、今、両者の状況は互いにわかるようになっている。
ララ・トーラは、運よく流木を捕まえたようで、何とか海面に残っていた。
アサムは、サメがまだ攻撃を始めない『今のうちに』と、海に潜りエルダを縛っていたロープをナイフで切った。
「ありがとう」
エルダに礼を言われるアサム。
「まだ、感謝は早い。助けが来るまでサメを何とかするぞ。いいな?」
「はい!」
二人が背中合わせになって、周りを囲んで円を描くサメと向き合った時、『ギャアッ』とララ・トーラの声がした。
左を見ると『ズズンッ』とララ・トーラの頭が沈む。ララ・トーラに対しサメが攻撃を始めたのである。
「グプァッ! あ、足がぁ!!」
再び海面に頭を出したララ・トーラはそう叫ぶや否や、再び沈む。
そして、同じようにサメに何度も攻撃され、沈み浮きを繰り返し、いつしか声も出なくなったララ・トーラ。
『ズズンッ』
「ウブッ!」
最後の引き込み、浮きが消し込むように『ビシュッ』と、一気に沈んでいったララ・トーラは、そのまま浮き上がって来なかった。
ただ、アサム達はそれを気にしている場合ではなかった。隣のエサがなくなれば次はこちら。飢えたサメはまだ沢山いるのだ。
アサム達は様子見で、突進してくるサメを足で蹴りいなしていたが、ついに白目をむき食いつこうと襲ってくるサメが現れた。
「くそっ! おらっ!」
「クッ! プアッ!」
鼻を蹴り、体を捻って避け続けるアサムとエルダ。
ただエルダは泳ぎ慣れていない。すぐ限界が来た。
息継ぎをして動きが止まった所を、二匹のサメに同時に狙われて、対応が出来ない。
「くそ! 姫だけは!」
アサムが無理やり体を割り込ませて、盾となる。
エルダは体勢を立て直し一匹を避けたが、アサムはナイフを持った右手を噛まれてしまった。
「ぐあっ!」
アサムの右腕に痛みが走る。
しかし、『ガキンッ』と音がしてナイフがサメの歯に当たり、幸運にもアサムの腕から口を離した。
「ありがてぇ!」
そして、アサムが腕の無事を確認した時、待ちわびた救世主がやっと到着する。
「おりゃぁ! 行けぃ!」
『ドシュンッ』
声と同時に<自走槍>が飛んできてサメを打ち抜く。
サメは一撃で裏返り、その後も次々とサメが撃退されていく。
「ガハハハッ! アサム大丈夫か!」
船上からレブス老がアサムに声をかける。
「
「おう! 任せろ」
こうしてエルダとアサムは無事救出された。
その後、港に向かう船の上。
「「「そーれっ! やーれっ!」」」
独特な掛け声とともに進む双胴船。
ロロアの港に戻る間、アサムの側でサメに噛まれた右手を心配するエルダ。
「大丈夫ですかアサムさん。私の為に、こんなケガをさせてしまって……」
申し訳なさそうに包帯を巻くエルダ。
「い、いやぁ、ナイフ持っていたおかげで嚙み切られずに済みました。だから、歯形が残っているだけで大丈夫です! こんな薄汚い漁師の腕を姫さんが触ってはいけませんよ。自分で出来ますから、どうぞ休んでください」
包帯を巻かれるエルダ姫の手の感触に照れ、休むように促すアサム。
「何を言っているんですか! あなたが居なければ、私は死んでいました。このくらいはさせてください!」
そう言って、アサムに包帯を巻き続けるエルダ。
それを、横目で見る船員達。
『おい、親方いい雰囲気じゃねえか?』
『まさか、相手は本物の姫さんだぞ無理だろ?』
『いや、男と女はわからんぞ? 静かに見守ろうじゃないか』
船員達とレブス老がヒソヒソ話す中、アサム達を救出した双胴船はゆっくりとロロアの港に入港していったのである。
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