第58話 危急存亡の日―2

 メディラが出て行って少し経った後。


「エスター様」


「は、はい!」


 声をかけられたエスターが寝室の方を見ると、西姫エルダが寝室の扉を開けて姿を現した。


「話は聞きました。早く城を出ましょう」


「エッ、いいのですか?」


 先程エスターが、部屋に監禁された姫を連れ出した時は、逃げる事を嫌がったエルダ姫。

 今は率先して逃げると言う。


(なぜだろう? 心境の変化だろうか? いや、今は余計な詮索をせず、ありがたく提案に乗ろう)


 そう決断したエスターは頷き、行動を開始する。


「分かりました、行きましょう」


 エスターは、エルダ姫を男装させて城を出た。

 メディラが用意した馬を城裏で渡された二人は、エスターが前に、エルダ姫が後ろに乗って北浜を目指す。

 しかし、エスターは乗馬経験が少なく、馬を速く走らせられない。


「エスター様! 私が替わります。前後を替わって下さい。大丈夫です。地図は頭に入っていますから」


「はっ?! いやしかし……」

 男のプライドなのか、少し抵抗するエスター。


「ホラッ! 早くしないと敵に追いつかれます!」

 姫に怒られてやっと踏ん切りがついたのか、馬を止めて前後を入れ替わるエスター。


「では行きます! しっかり捕まって下さい! ホウッ」

 エルダ姫の掛け声で、馬が走り始めた。腰に抱き着く形のエスター。顔は情けなく歪んでいる。


「すいませんエスター様。今はこうするのが最良だと判断しました」

 エルダ姫の気遣いされ、さらにプライドが崩れそうになる。

 だが、何とか平静を装い、歯を食いしばって話を聞くエスター。


「そ、そう言えば、さっき『敵が来る』と言っていましたが、どういう事ですか?」

 それを聞いた姫は、少しだけ速度を落とし、端的に答える。


「メディラの話はウソです。私達を城の外で殺すために、後ろからメディラの手の者が追いかけて来るハズ。エスター様も薄々、気付いておられるのでしょう? ですから私は今、馬をロロアの港に向けて走らせています」


「えっ! しかしそれは、真っ向からメディラ様に反逆することになりませんか? とりあえず派遣される近衛騎士やらと、話してから決めても問題ないんじゃ……」


 いまいちこの危機的状況を、まだ呑み込めていないエスター。

 エルダ姫は一瞬めまいを覚えたが、間を置いて気を取り直してから答えた。


「ですから! メディラはすでに敵なのです。私兵を近衛騎士として送り付け、私達を城の外で殺して証拠隠滅するつもりなのですよ!」


 そのエルダの強い口調に、驚くエスター。そして、やっと死の危機が迫っている理解する。


「なっなんだって!! そ、それはマズイな! ならばロロアの港でララ殿と合流が正解か!」


(そのララ・トーラも危険だから。会いたくはないのだけれど……)


 そうエルダは思う。でも今は、エスターと押し問答をしている時間が惜しい。

 エルダ姫は、それ以上を言わずに馬の走る速度を上げた。





 城から馬を走らせ続けて五時間。

 

 ロロアの港まであと一歩の所で、後ろから追手が追いついて来た。


「待てぇ!」


「『待て』と言われて待つ奴はいないわよ! ホラ、もう一息頑張って!」


 エルダ姫は馬にムチを入れるが、疲れ果てた馬はこたえない。そしてついに前と後ろを二頭の馬に挟まれて、馬を止められた。


「素直に北浜に行っときゃイイものを! 苦労させやがって!」


 馬から引きずり降ろされた二人は、近衛騎士の服を着た兵士二人に剣を突きつけられた。


「おい。さっさと男を殺せ! 姫さんはじっくり楽しんでから殺すんだからよ!」


「そうだな、悪く思うなよエスター殿」

 エスターに剣を突きつけていた兵士が、いやらしい笑みを浮かべ、首を目掛けて剣を振った。


「くそっ」


 右に横っ飛びして避けるエスター。しかし、剣は左肩を斬り裂いた。


「痛ぇ! イテェよ!!」


 左肩を押さえて、のたうち回るエスター。


「へっ避けるからだ。次は避けんなよ? また痛いだけだぜ!」


 そういって今度は剣を振りかぶる兵士。

『じゃあな!』と、掛け声と共に剣を振り下ろす。


『ヒュッ!』


「アガッ……」


 顔を背けるエルダ姫。

 しかし、ゆっくりと崩れ落ちたのは、剣を振り下ろしたハズの兵士だった。


「だっ、誰だ!」


 エルダ姫に剣を突きつけていた兵が、周りを警戒しながら叫ぶ。


「うるさいな。すぐ相手してやるから待ってろ!」


 崩れ落ちた兵の後ろから出て来たのは、ララ・トーラ子爵その人だった。


「ララ殿!」


 声を上げるエスター。


「何っ! ララ・トーラだと! 貴様は『一番に殺せ』とメディラ様に言われている! 覚悟!」


 エルダ姫に向けていた剣を、ララ・トーラ子爵に向けて突進する兵士。


「フン。バカか? 技量の違いも分からんとは!」


 ララ・トーラはそう言って剣を一閃。


「もらったぁ! ぐべっ」


 兵士の切先がララ・トーラの首に届く前に、兵士の首が飛んだ。


「フウ」


 一息つくララ・トーラ。

 そして、エスターの様子を見に近づく。

 心配してエスターの近くに座ったエルダ姫をどかせ、エスターに『傷を見せろ』と声をかけた。


「助かった。ありがとうララ殿。痛いが、死にはしないと思う大丈夫だ」


 痛みで泣きそうだが、気丈にふるまうエスター。しかし、傷を見たララ・トーラは厳しい顔つきで言った。


「ふーむ、手遅れだな」


「えっ?」

 

 エスターが疑問符をつけた瞬間、ララ・トーラはエスターの胸に、剣を突き刺した。


「グァッ! ヴゥ……」


 声にならない叫びを上げて、息絶えるエスター。


「ララ・トーラ! 何をする!!」


 エスターに駆け寄ろうとしたエルダの腹に、すれ違いざま拳一発を放り込むララ・トーラ。


「ウッ……」


 その拳を支点に、体をくの字に折って気絶するエルダ姫。


「エスターは顔が売れすぎている。隠れて逃げるには足手まといなのさ、わかるだろ姫さん。『ヨッ』と、おい! ケツが重いよ!」


 文句を言いながら、肩にエルダ姫を担ぎあげるララ・トーラ。


「まっ、アンタは殺せねぇのさ。西王家にかくまってもらえなくなるからな」


 そう一言つぶやき、ララ・トーラはその場を去って行った。

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