第57話 危急存亡の日―1

 開戦二日目の早朝に、場面は戻る。


 メディラは、牢に囚われているエルダ姫の処遇改善を、国王に求めた。


 『仮にも王子の婚約者であるエルダ姫を、牢屋に入れておくのはどうかと思います。部屋へ監禁する形に変更を願います』と国王に進言し、メディラの管理する個人客室で姫の監禁することを了承させた。


 すべては<国王と姫の同時脱出計画>の為であった。

 しかしその後、部下から『東国が西国を圧倒する勢い』との緊急連絡を受け、この思惑はもろく崩れ去ったとメディラはさとる


『これは自分を守るために、作戦を変える必要があるな』

 保身を優先する事に舵を切ったメディラは、急いでエスターを呼び出した。

 そして、エスターの自室で姫をかくまうように指示を出す。



 その命令を突然受けたエスターは『何の為に?』と疑問に思った。

 しかし、ヘビに睨まれたカエル同様、恐ろしいとさえ思うメディラに反抗も出来ない。

 結局、提案を受け入れるしかないエスターは、合い鍵を持つメディラの部下と共に、監禁部屋から姫を連れ出しエスターの自室に連れて来た。


 エルダ姫を奥の寝室に隠し、自身は居間のソファに座るエスター。

 自室にかくまうエルダが見つかれば反逆を疑われる。

 そう考えると震えが来る。前世では犯罪者になった経験はない。ただの庶民として普通に生活していただけなのだ。

 『捕まったら、拷問とかも受けるのかな……』そんな考えが頭をよぎる。


 そんな庶民男が、戦争真っ最中の王宮にいる。しかも、その王国が負けるようにエスター自身がその片棒を担いでいるのだ。

 予定通りに、この東国が負ければエスターは出世し子爵になる予定だが、もし東国が勝ち、内通者として協力していた事がバレれば裏切り者として、たぶん殺される。


 いや、そもそも計画が上手くいかないと、メディラが保身のためにエスターを排除する可能性があるとララ・トーラに言われた。


もし危険を察知したら、『先手を打ってメディラと西姫を毒殺し城を脱出せよ』と、毒もすでにもらっている。

 水に入れて飲んでも気付かれない無味無臭の物であるという。

 もちろん怖いので、試したりはしていない。


 そして先程、王宮全体に戦況報告があり、『今日東国軍は西国を圧倒している』と知らされた。

 西国軍はまだ高原に陣を構えているが、『北国の援軍がもうすぐ到着する』と追加報告があり、『実際にその北軍を見れば西軍は退却するだろう』との見解が付け加えられている。それ知って『自身の野望が潰えた』とエスターの心は重くなる。


『コンコン』


「はい」


「メディラだ入るぞ」


 エスターが入室許可を出す前に、メディラが『ズカズカ』と入って来た。


(どう出るのか?)

 ここで、いきなり剣を振られたらエスターには勝ち目がない。


「あの、メディラ様どうされましたか?」


 『ドカッ』と目の前のソファに座わるメディラに、何も知らないフリをして聞くエスター。


「ああ、知らんのか? どうやら我が東国が圧勝しそうだ。ララ・トーラの奴は未だ草原に到着してないし、逆転も無理そうだな」


「ええっ!? そんな! 昨日は負けていたでしょう? まだ分からぬのでは?」


 エスターは、まだ希望を持っているかのをした。


「いや、ほぼ東軍の勝ちで決定だ。我らの望みは消えたのだ」

 吐き捨てるメディラ。


「え……では、どうするのです?」

 早々と素に戻るエスター。


「どうもしない。私は西国との友好に賛成しただけで、これと言って裏切り行為はしていないからな!」


(確かにメディラは上手く立ち回って、<裏切りの証拠>を残していない……)


 不安そうに思考をめぐらすエスターに、一瞬『ニヤリ』と笑ったメディラだったが、次の瞬間、厳しい表情に変わる。


「それよりもだ。エスターよ? お前はララ・トーラに私を消すように言われているだろう?」


『グッ』


 心の内を突かれて、思わず声が出た。


「ハハハッ! 素直な奴め。どうせ毒でも渡されているのだろうが、私は飲まんぞ? この非常時に自分が安全と認めた物以外、口にするワケないだろうが?」


 乾いた笑いを見せるメディラに対し、冷や汗をかくエスターが恐る恐る聞く。


「と、言う事は私は『ハメられた』と?」


「そう。お前が毒を私に盛ろうとした瞬間、お前の首が飛ぶのをララ・トーラは期待しているワケだ。そうなれば自分が捕まった時、私とエスターに騙されていましたとか言い訳が通じやすくなるからな」


 『全てお見通しだ』と言わんばかりに解説するメディラ。


(これは選択肢を間違えるとここで殺される! 少々オーバーリアクションでも構わん! ここはメディラの機嫌を取る!)

 エスターはすぐ行動に移った。


「クソッ! ララ・トーラめ、許さん! メディラ様! 私をお救いください! エスターは、あなた様に一生ついていきます!」

 エスターは土下座し、必死に大声で媚びた。


「フン。一応、私の方につくと言うことだな? まあ、信じてやる。では、今からお前に指令を出す。これは極秘の王命でもある」

 メディラはそんなエスターを鼻で笑うも、一応『信じる』と言葉に出し、『極秘だ』との指令を出した。


(チィッ! ここに来て極秘の王命など九分九厘ウソだ! だが乗るしかない……)

 心の中で舌打ちするエスター。しかし、必死に感情を抑えて、表情には出さない。


「お、王命ですか?」

 

「そうだ、このままでは西国の姫を殺さねばならない。だが仮にも王子の婚約者。それを案じた王様が『姫をほとぼりが冷めるまでかくまえ』と私に命じた。その極秘の指令をエスターお前に任せる!」


「うっ……このエスターめに、おっ、お任せを!」


(ここで受けなければ殺される)

 そう思い、承諾するしかないエスター。


「うむ、王様には私が伝えておく。では馬を一頭用意してあるから、今スグ脱出しろ。城裏で家来を通じてお前に馬を渡す。その馬に二人で乗って城を抜け北浜の漁村に行き、まずそこに隠れろ。後で王の近衛騎士が迎えに行くから指示に従え。では私は王様の元に戻る。そこに居る西の姫にもよろしくな」


 そういってメディラは部屋を出て行く。

 それを見送ったエスターは、フラフラとソファに戻り『なんとか即死は回避した』と脱力するのだった。

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