第56話 盛者必衰・終わりを慎む―6
王子がフェリと合流する前。
ヘカト高原で戦況を見ていた、西国将軍ベン・ダルデュークは激高していた。
「重騎馬隊まで負けただと!! ええい何をしておるか!」
机をひっくり返し、物は投げ、怒り心頭の将軍。
そこに届いた信じられない伝令が、将軍を完全にキレさせた。
「北部草原に北国軍が現れました! 数は二万! 全て騎馬隊です!!」
「何だと!! 早すぎる! たった二日で北の援軍が来るワケが無い! ハッタリだ」
ワナワナと震えながら言い放った将軍、その将軍をなだめる参謀長。
「将軍、落ち着いて下さい。これは確かな情報です。すでに北国部隊は東軍と連携して、編成途中の<ファランクス隊>を急襲しました。<ファランクス隊>一万三千は統率が取れず壊滅。これほどの短期間で一万三千の部隊を壊滅させられる騎馬隊は、東国にはいません。北国騎馬隊がやって来た証拠です!」
そんな参謀長の言葉を、信じないベン・ダルデューク将軍。
「うるさい! うるさい! ウルサーイ!! もういい! どうせ王都は占領しなくてはならんのだ! 今から全兵力を王都に向かわせろ! 将軍令を発動する!」
強権を発動して、無理矢理に全兵出陣させようとする将軍。
「駄目です将軍! 二万五千の兵でも、歩兵では北国二万の騎馬隊には歯が立ちません!」
反対する参謀長。
「何だと! ええい! いちいち反対しおって! コヤツを拘束して、牢屋にぶち込め!」
その態度に腹を立てた将軍は、参謀長を拘束するように命じた。
しかし、『ダダダッ』と突入してきた憲兵隊に、拘束されたのは将軍だった。
「何だお前ら、離せ! 私は将軍だぞ! 間違うな! 捕まえるのはアイツだ!」
暴れる将軍が、憲兵に拘束され連れていかれる。
参謀長は、会釈して近くにやって来た憲兵隊長に、この状況の説明を受けて『フゥ』とため息をついた。
「将軍が『ご乱心したら将軍を拘束せよ』と、首相の命令が出ていたのですか? なるほど『敗戦の責任は将軍に』ということですね……」
『その糸を引いたのはダレか?』それは分からないが、将軍とその父の出世を望まない人間であろう。
「まあ、今はいいでしょう。さて、ともかく全滅の危機です。すぐ退却の狼煙を上げるように」
参謀長は将軍代理として、部下に指示を出す。
「ハッ」
すぐ部下が伝令に走り、西軍の退却が決定した。そうして三本の
場面は、ルサール河南の渡河ポイントへ。
そこから、東に五キロメートルの位置にて、ララ・トーラ私兵軍は蔦イバラに突っ込み、リサンの思惑通りに行軍を停止した。
このあたりは胸までの高さの草で覆われており、リサンの螺旋状<蔦イバラ>を設置するのに良い場所であった。
杭を打って蔦イバラの端を止め、馬運車の後ろに付けた棒に、フタに穴をあけたイバラ巻きタルをかぶせて馬で馬運車を引っ張る。
するとタルが回転し、蔦イバラが草の間に紛れて伸びていく。タルに巻かれた蔦イバラが無くなり外れると勝手に縮まり直系六十センチメートル長さ百五十メートルの螺旋状の蔦イバラが草の間に紛れ込むのである。
これに走る馬が引っかかれば絡みつき転倒し、後続も巻き込んで行軍が難しくなる。
これを三十ヵ所以上ルサール河南の唯一の渡河ポイントまでランダムに敷設すれば警戒して進軍が遅くなり、合流を妨害する事が出来るとリサンは考えたのである。
ナルフとロウに協力を頼み、馬運車十台を集め何とか敷設を完了させたリサンが、見張りの丘から遠眼鏡で監視している。
そんな中、しばらくもがいていたララ・トーラ私兵軍は行軍を再開した。
しかし、すぐ蔦イバラに引っ掛かり停止。
これを三回繰り返し、今現在、牛歩より遅く感じる程、行軍速度が落ちている。
「クソッ! 誰だこんな罠を作った奴は! どうせアイツだろうがな! リサン! 本当に忌々しい!」
リサンの蔦イバラに苦戦していたララ・トーラ。ふと前方を見た時にヘカト高原から上がる三本の煙に気付いた。
(何っ? 西軍が退却だと?! マズイな、初日の流れから西国が大勝すると思い込んでしまった。蜂起はしたが失敗だ!)
焦るララ・トーラ。
そのただならぬ様子を見て、部下達も<退却の狼煙>に気づく。
そして、ララ・トーラに指示を仰ごうとする。
「どうします? このまま突っ込んで西軍に攻撃してみますか? 蜂起した事をうやむやに出来るかもしれません」
(チッ。そんなワケないだろう。我々も退却するしかないという事も分からんのか? まあコイツらは退却命令を出せば領内に帰るしかない。それを囮にして、私はロロアに向かい、そのまま外国へ逃げる。ロロアには逃亡用の船もすでに用意してある。私を追うのは難しいハズだ……)
「こちらも退却だ! 皆バラバラに逃げて領内で潜伏せよ。ほとぼりが冷めたら連絡する!」
「に、にげろぉ」
「さっさと帰って隠れるぞ! 急げぇ!」
こうしてララ・トーラは私兵達にすぐ退却命令を出した。私兵達はクモの子を散らすように逃げ出す。ララ・トーラもそれに紛れてロロアの港方面に逃げて行く。
それを見たリサンは、行動を開始する。
「私はララ・トーラを追いかける。皆には蔦イバラの回収を頼みたい。タル一個分で金貨一枚を出すぞ!」
『おお!スゴイぞ!』と、色めき立つナルフと使用人達。
戦争中とは思えない皆の様子に『ハリキリすぎて怪我するなよ!』と笑い、リサンは馬に乗ってララ・トーラを追いかけたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます