第55話 盛者必衰・終わりを慎む―5

 ラクスとアトラが窮地に陥っていた頃。

 

 リサン達は、ララ・トーラ私兵軍の合流を阻止するべく、ルサール河の南方渡河ポイント東側へと、蔦イバラの敷設ふせつを終えた。


 そして、ララ・トーラ私兵軍が突破してきた時に、すぐに伝令を走らせられるようにと、ルサール河西側の小高い丘の頂上で、伸びた草の間から遠眼鏡で監視を続けている。


 そんな中、突然ハミを『ガチガチ』と噛んで、イライラとムズがる<ラダーク>。

 その<ラダーク>をなだめるフェリ。

 しかし、<ラダーク>のイライラは治まらない。


「リサンさん、<ラダーク>が何かイライラしてる。どうしたらいい?」

 フェリはたまらずリサンに訊ねた。


「ん? そうなのか? まあ、水でも飲めば落ち着くだろう。今なら、まだ敵も来ないだろうから馬運車から外して、水場に連れて行ってやってくれ」


 リサンの許可を得て、ラダークを水場まで連れて行くフェリ。

 その途中、<ラダーク>がフェリの上衣襟首部分を引っ張って『自分の背に乗れ』と主張した。


「もう! 引っ張らないでよ、乗るから。いつも気にしてくれてありがとうね」


 そう言って<ラダーク>に、またがったフェリ。

 すると、その瞬間<ラダーク>は『ヒヒーン』といななき、草原に向かって全速力で走り出す。


「ちょ、ちょっと! 止まって! <ラダーク>!!」


 フェリが叫んでも<ラダーク>は止まる様子がない。

 ついには草原まで出て戦場に向けて走り出した。それに気付いたリサン。


「いかん! オリダ! 追いかけてくれ!」


「ハッ」


 密偵オリダは馬に乗ってフェリを追いかけていく。しかし、身の軽い少女を乗せた馬に、重い大人の乗った馬が追いつくわけもなく、差はどんどん開く。それでもオリダは諦めず、フェリを追いかけて地平の向こうに姿を消した。


「くっ! 心配だが、今はオリダに任せるしかない。敵は待ってくれないからな……ん? 来たようだな」


 そうリサンが呟いた時、ルサール河の東岸草地についにララ・トーラ軍が姿を現した。




 場面は戻る。


 <ラダーク>がフェリを乗せて走る草原の先で、敵重騎馬隊の副隊長ダラルに追いかけられる王子ラクスとアトラ。


 相手は重装馬鎧を着けている。当然、最初は引き離した。しかし、王子ラクスの馬はスピードはあるが持久力は少し劣る。反対にダラルの馬は持久力が高かった。

 その結果二頭の距離はジリジリと詰まって行く。


(一対一だ迎え撃つべきか……いや、相手は刺し違うつもりで追って来ている。アトラを守りながら相手を倒すのは難しい。ならば!)


 王子ラクスは、決断した。


「アトラ。敵に予備の<竹穂先>を投げて牽制したい。少し速度を落とすから前と後ろを代わってくれ」


「はっ? はいっ!」


 王子ラクスはアトラとなんとか前後を代わり、アトラに命令する。


「いいか、手綱をしっかり握って前を向いて走れ! 頼むぞ!」


「分かりました!」


 目が悪くぼやける視界でも臆せず、前を向くアトラ。

 その姿を見た王子ラクスは、小さく頷き馬の尻をムチで叩いて飛び降りた。


「ブヒンッ」


 一気に軽くなり加速するアトラと馬。


「王子!!」

 アトラは王子ラクスが飛び下りた事に気付き、馬を止めようとしたが、馬は止まらず走り去っていく。


 そして、そのすぐ後、前から凄い速さで近づいてくる茶黒い影が、そんなアトラとすれ違うのだが、目が悪く馬を止めようと必死なアトラは気付かなかった。


『ザザザザッ――ゴッ! ドダバダ! ガッ! ゴロッ! ドッ! ダッロロ――』


「グアッァァァァァ―――」


 最後にも『ゴロロロロッ』と何回転もして止まった王子ラクス

 頭を振り立ち上がった王子ラクスの目の前に迫る重騎馬。それを横に飛んでかわす王子。その王子ラクスを狙って突かれた槍が頬をかすったと同時に、王子は背中の長柄ピッケルを振り抜いた。

 ピッケルは馬の横腹に刺さり、馬に持って行かれる。


「ブヒヒーンッ」


 少し間があり、重騎馬は崩れ脚をもつれさせ、ゴロゴロと地面を転がった。はじき飛ばされるダラル。

 あたりは土埃が『もうもう』と上がり立ち込める。

 王子ラクスが顔をしかめながら様子をうかがっていると、その中からムクリとダラルが立ち上がった。

 そして王子の手に武器が無い事を確認すると『ニヤリ』と笑い、腰の剣を抜く。


「丸腰の奴を斬るのは忍びないが、これも戦争だ!」


 剣を手に王子に走るダラル。

 非常に危険な状態だが、王子ラクスはダラルではなく、ダラルの背後に猛スピードで迫る少女と馬に目を奪われていた。

 そんな王子の様子に、違和感を持つダラル。


「ん? 何だ?」


 『ドンッ!!』


 後ろから近づく馬の足音に気づき、立ち止まって振り向いた瞬間、空中に舞うダラル。強い痛みに『グワッ』と、短い叫び声をあげた。

 そして、続けて不運がダラルを襲う。


「ギャッ!」


 したたかに体を打ち付けられたと同時に、持っていた剣がダラルの首に刺さったのだ。ダラルは再び立つことなく、王子ラクスは命を拾った。


「ブヒヒンッ」


 ダラルをはじき飛ばした<ラダーク>が、王子ラクスの所に帰って来た。

 王子ラクスに、顔をすり寄せる<ラダーク>。


「どうした! 何があったんだ?! だ、大丈夫なのかフェリ!」


 王子はまず、戦場にフェリが居る事に驚き、<ラダーク>が居る事に驚き、そして、助けてもらったことに驚き、激しく混乱しながらも、馬を降りたフェリを抱きしめた。


「分かんないよ! 突然走り出したんだもの! もの凄く速くてしがみついていたらココに着いた。さっき敵兵みたいなの吹っ飛ばしたけどラクスは大丈夫なの? 怪我してない?」


 抱きしめられながら、王子を心配するフェリ。

 その言葉に冷静さを取り戻す王子ラクス


「ああ、<ラダーク>とフェリのおかげで助かった。体は何ともない。ともかく、ここは危険だから、リサンの所まで送ろう。ララ・トーラの妨害をしてくれているのだろ?」


 そう言ってフェリを抱きしめていた腕をほどき、フェリと共に<ラダーク>に乗る王子。

 そこにフェリを追っていたオリダが、アトラを連れてやって来た。


「おお! オリダ殿、助かった。無事だったかアトラ!」


「はい、この方に助けてもらいました。大丈夫です」

 王子は、リサンの密偵であるオリダに、ハンドサインで有難うと伝え、オリダもそれにハンドサインで答える。

 そして、密偵らしく周りを警戒するオリダが、西のヘカト高原から上がる狼煙に気付く。


「えっ! まさか?! あれは、西軍退却の狼煙!」


「何っ!」


 三本の狼煙が立ち上るのを確認し、西軍退却の事実に驚いた王子。

 フェリをオリダに任せて、自身は<ラダーク>に乗り、アトラと共に急いで本陣へと走る事になった。

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