第62話 番外編② 弓の使い方ー1

 ある冬の日。

 <ラダーク>の世話の為、リサンの馬小屋にやって来たラクス。

 馬小屋の掃除も終わり、休憩のため作業小屋に向かった。


「リサン! 今日は……ん? ドコ行った? トイレか?」

 作業小屋の扉を開けると、馬小屋にやって来た時に居たリサンの姿が見えない。

 『まあ、すぐ帰ってくるだろ?』あまり気にせず中に入ったラクスは、水を飲もうと水瓶から手桶に水を汲む。

 

 そして何気に振り返ると、大量のエイヒレが吊るされた乾燥室が目に入った。


「これだけあるんだから、一つぐらいもらっても……いや、イカン。それで前に酷く怒られたんだった」


 ラクスは以前、乾燥室を勝手に開けてエイヒレの品質を落としてしまった。

 リサンにキツく怒られたことを、今思い出し、首をすくめる。


「さて、<ラダーク>の世話に戻るか……ン? なんだこれ?」

 ラクスが乾燥室から入り口へと視線を移そうとしたとき、乾燥室の横にある細長い扉に気がついた。

 不思議に思ったラクスは、その扉に手をかけて開く。


「おお! これ弓じゃないか! またエラク長い弓だな? 私の背丈より頭一つは出ているぞ!」

 扉の中にあったのは長さ二メートル近くある竹の弓だった。


 ラクスは、何か隠された宝を見つけた気がして、喜び勇んでその竹弓を取り出す。

 しかし、そこにちょうどリサンが帰って来た。


「ラクス様休憩ですか? あっ! 駄目ですよ! 人の物を勝手に出さないで下さい!」

 ラクスが竹弓を手にしてる事に気付いたリサンは、慌てて走り寄り竹弓を取り上げた。


「あっ! くそっ! ちょっとぐらい良いじゃ無いか! 見せろよリサン!」


「駄目です! この弓は竹製なので、温度と湿気の管理が大事なのですよ! いきなり管理庫外に出して、変形や割れが出たらどうするんです!」

 リサンはそう言って弓を管理庫の中に戻した。


「う、そんなに怒るなよ……スマン」

 ラクスは小さく頭を下げて謝った。しかし、弓が気になるのか管理庫を凝視して目を離さない。


「そんなに見つめても出しませんよ? この弓は剥がれが出て修理待ちの状態なんですから」

 そう言って溜息をつくリサン。

 しかし、あまりに自分の考え方と違い過ぎ、リサンの考えが理解できないラクス。


「はあ? 壊れた弓を直すだとぉ? そんなもの何で大事に持っている? すぐに新しいのを買えばいいじゃ無いか?」

 ラクスには、どうにも理解できない。壊れた弓を直しても威力は落ちるし、使い勝手が変わり、使いにくくなるのが普通だからだ。

 しかし、リサンは首を横に振る。


「いやいや、直せば使えるものを直さないのはもったいない。それに、この竹弓は、北東の島国では神事に使われ、大切に扱われます。工芸品としても価値が高いのですよ? 壊れたからと言って捨てる選択はありません」

リサンとしては、この弓が修理してまで使う価値のある弓だと、ラクスにわかって欲しいのだが、ラクスには理解出来ないようである。


「リサンが何を言いたいのか分からん。弓は狩りや戦いで使うものだ。命を賭けた戦いで、使い勝手が悪く性能落ちした弓など使っては、命がいくつあっても足りんぞ? まあ良い、そんなに修理して使いたいなら、すぐにでも修理しろよ」

 ラクスはそう言って、手桶の水を飲み干し、馬小屋に戻っていった。

 リサンは、その後姿につぶやく。


「直してやらないといけないのですが、材料と言うか、接着材が中々手に入らないのです……」

 リサンは、半年前に北浜のナルフに依頼を出したが、材料の魚さえ見つかっていない。


「でも、王子のいう事にも一理ある。他に代用できる材料があるのだから、自分で取りに行きますか!」

 リサンは、接着剤の材料を狩るため、狩用の白い短弓を取り出し、弦を張り始めるのだった。



******



 次の日、早朝。

 リサンは、地元猟師ブロアの家を訪ねていた。

 弓の修理用接着剤の代替品<鹿皮のニカワ>を手に入れる為である。


「すまんリサン様。今ある<鹿のニカワ>と<生皮>(生皮を煮るとニカワが取れる)はすべて売約済みで、渡せる品は無いんだよ。最近は鹿も知恵をつけちまって、跳ね上げ罠にもかからねえ。狩りも最近低調で納期遅れで、予約してもらっても、納品出来るのはいつになるか……ハァ」

 溜息を漏らしながら、頭を下げた猟師ブロア。

 

 リサンはそんなブロアに『ニッコリ』笑ってこう言った。


「今は注文が多い時期だし、最近、鹿が少ないのも聞いている。だから、自分の分は自分で狩ろうと思って弓を持って来たのさ。案内だけでいいから、誰か来てくれる弟子はいないか? 賃金は弾む」

 そう言って、背負っていた弓と矢筒を見せたリサン。それを見たブロアは顎を引いて目を見開く。


「コリャ驚いた。客に『狩りに一緒に連れて行ってくれ』と言われたことはあるが、『自分で狩るから案内を頼む』と言われたのは始めてだな。リサン様、根性あるねえ。でも、それだけじゃ『はいそうですか』とならないですぜ? 最低限の腕があるかどうか、見せてもらわないとな」

 ブロアはそう言って、裏庭にリサンを連れていった。


 リサンが連れて来られた裏庭は、雑木林と隣接していた。

 ただ、その雑木林の一部が伐採整備されており、幅約十メートル奥行き約百メートル程の弓の試射場となっていた。


「ここは、弟子達も練習に使う弓の試射場だ。あの右から二つ目の的まで、この裏庭から約五十メートルある。あの的に当ててみな? そうだな五射中三つ当てたら、弟子を貸してやる」

 ブロアは、後ろに下がると、腕組みしてリサンを見守る。


「わかった」

 リサンは返事をして、立ち位置を示す木の板の上に足を置いた。

 そして、ゆっくりと矢筒から矢をつがえて弦を引く。


『ブワッ』

 そのとき風が吹きつけ、リサンの髪が強く揺れた。しかし、リサンの持つ弓は微動だにしない。


 『ほぅ』と嘆息し、感心するブロア。

 その瞬間リサンが矢が放った。

 左からの風を考慮して、やや左を狙った矢。

 それは右に軽く曲がりながら、的の中央に見事的中した。


「お見事! あと四本中二本だ」


「ありがとう。がんばるよ」

 リサンは二射目の矢をつがえた――


 


 最終結果。

 リサンは五射全てを、的の真ん中に集めて見せた。


「おおっと! ウチの弟子より良い腕だな! これなら狩りにいっても問題ない。というか、弟子じゃ本当に道案内にしかならん。よし、オレが一緒に行こう。商品梱包や下処理作業なんかは、弟子にやらせておけばいいからな」

 リサンの的当ての結果に感心したブロアは、まだ眠そうにしている弟子に指示を出し、猟の準備を始める。


「おっ、それはありがたいな。よろしく頼む」

 ブロアに礼を言って、リサンは同行を頼むことにした。


「ああ、任せてくれ」

 

 こうして、リサンはブロアと共に山に鹿狩りに行くこととなったのである。

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