第61話 番外編① 大地に根を張る
西国ティオン撤退の三日後。
戦勝の宴の前に、東国と北国の首脳による会談が行われることになった。
会談の行われる場所として、縁起が良いとされている、迎賓館内にある<大樹の間>が選ばれた。
部屋に入ると、まず目に入る正面の壁には、縁起物として伝説の千年樹を輪切りにした『巨大な年輪』が飾ってある。
その室内で東国王が、北皇帝の到着を待ち受けていた。
「北皇帝ラクラブ三世様! ご到着~」
到着を告げる声と共に開く扉。
そこから出てきたのは、白絹でスッポリと体を覆った、涼しげな北の皇帝だった。
東国王オリギフは、その姿を見て、すぐ席から立ち上がり歩み寄る。
「我が国の窮地に駆けつけて下さった事を感謝する。ラクラブ三世殿」
北皇帝に、握手を求める東国王オリギフ。
「いや、礼には及ばぬ。オリギフ殿」
それを受けて、差し出された手をがっちりと握り返す北皇帝ラクラブ三世。
お互い、がっちりと握手して始まった会談は、和やかな雰囲気で進んでいった――
一週間後。
<ラダーク>の世話にやって来たラクスが、王宮からリサン宛の書状を持ってきた。
「は? 北の皇帝が私に会いたい? 冗談も程々にして下さいよ、ラクス様」
受け取りながら、冗談めかしていたが、その書状を読むにつれ、渋い顔になっていく。
「うーん。
読み終えたリサンは、そう言って、その書状をラクスに『ポイッ』と放り投げた。
「ばか! これは本物の王宮発行の招聘状だぞ! 拒否なんて出来ないのは知っているだろう?!」
慌てて掴んだ書状を、突き返すラクス。
真面目に怒るラクスに、渋々、招聘状を受け取るリサン。
「やっぱり無理ですか……仕方無いですね。でも、北の皇帝様は、ドコの誰から、私の事を聞いたんですかね?」
確信的に疑って、ラクスに問うリサン。
「ま、待て! 私じゃ無いぞ?! あれは、新戦術の事を聞かれたアトラとカビラが、自分達の事を推薦してくれたリサンが『一番の功労者だ』と言ったのだ。それに、乗ったチャタニールやラタジーレが、『凄い鑑定眼を持っている』と語り、最後に父上が『すばらしい鑑定士で、王宮に仕えていたが、隠居してしまった』と伝えたのがトドメだった。北皇帝が『それなら、私が勧誘しても問題ないな?』と父上にリサン勧誘の許可を求めたのさ。宮仕えしていないお前への勧誘を、断る権利など東国になく、こうなったという訳だ……」
『どうしようも無かったんだ』と、首を
それに対し、リサンは眉を寄せ、腕を組み、完全には納得出来ない様子である。
しかし、このまま駄々をこねていても状況は好転しない。
リサンは、嫌々ながらも、王宮に行くことを了承した。
「むぅ……まあ、わかりましたよ。王宮には行きます。ですが、北の皇帝に会うだけですからね?」
こうして念押ししたリサンは、翌日の朝、王宮が派遣した馬車に乗って、王宮に向かったのである。
招聘要請二日後の王都。
昨日の内に王都に着いたリサンは、王宮が用意した宿に泊まり朝を迎えた。
(まあ、最高級宿に、豪華な食事。これが王宮の『礼を尽くす』ということなのだろうけど、本来なら、相手の都合とか意向を聞いて『気持ちよく、来てもらえるようにするのが招聘だ』と思うけどなあ……)
そんな事を言っても始まらないのは知っているが、つい考えてしまうリサン。
『ササッ』と身支度を済ませ、宿前に待つ王宮の馬車に乗り込む。
そして、馬車に揺られる事、少し。
王宮敷地内の迎賓館前に着いた馬車から降りたリサン。
迎賓館の前には、腰に曲刀、体に白い衣装の上下と頭に短い白の筒型の帽子をかぶった衛兵がずらっと横一列並んでいる。
そして、迎賓館の中央入り口には、白絹でその衣装と体を覆い隠した背の高い男が待ち構えていた。
「良く来てくれた! リサン。 私は、北方帝国 皇帝ラクラブ三世である!」
「は? ええっ!?」
いきなり北の皇帝に、出迎えられ『ぎょっ』と驚くリサン。
その『自分が皇帝と名乗るのは当たり前だ』と言わんばかりの、自信に満ち溢れた態度を、臆面なく取れるのがスゴイとは思う。
「ほ、本当こ、皇帝陛下ですか!?」
「そうだ。まあ、立ち話もなんだ、中へ入りたまえ」
リサンは、皇帝陛下に迎え入れられ、迎賓館の中に入ったのであった。
現在、迎賓館は北国側に貸し出されており、滞在中の運営や警備は、『全て北国側に任されている』と皇帝から聞かされたリサン。
かなり図太い性格のリサンだが、こうも歓待を受けると少し不安な気持ちになる。
周囲には、北国の者達しかいないのだ。何か皇帝の機嫌を損ねれば、只ではすまないと思う。
(さてと、すぐに勧誘してくるだろうか? 早く帰りたいが、断り方が難しいな。相手を刺激しないようにするにはどうするか?)
廊下を進みながら、皇帝の身の上話に相槌を打つリサンは、<大樹の間>という部屋に案内された。
部屋に入り、皇帝の向かいのソファに座るよう
リサンが、座るのに合わせて、給仕が紅茶を運び、その給仕が下がるのを見届けて、北皇帝が話を切り出す。
「さて、リサン。オリギフ国王から色々聞いたが、そなたは優秀な鑑定士らしいな? 謝礼はするから、私の竿を鑑定してくれぬか?」
いきなり、鑑定の依頼をした皇帝。
「さ、竿? あの、魚釣りにつかう竿ですか?」
少し不思議そうに、皇帝に聞き返すリサン
「ああ、そうだ。私は釣りが趣味でな。特に<毛ばりを使う鱒釣り>に凝っておるのだ」
皇帝は、竿を振る動作をした。相当手慣れた様子である。
その姿に『相当の入れ込みようだ』と感じたリサンは、皇帝に提案する。
「まあ、私も鑑定はできますが、私よりも<特能鑑定士>にやらせたほうが確実だと思います」
リサンは、確実に鑑定できる<特能鑑定士>を推薦した。
その言葉に皇帝は身を乗り出す。
「いや、<特能鑑定士>には、すでに鑑定させたのだ。実は竿は二本あってな? 二本とも名匠アルニの傑作と言われる作品で、名を『岩隠れ』と『雲水』と言う。<特能鑑定士>は、両方とも合計が星十七で最上級だと鑑定したが、いつも使っている私には、どちらが上か分かる。だから、同点といわれるのは納得がいかん! だからリサン、お主に鑑定を頼んでおるのだ!』
皇帝は、一気に言い終わると、『ドカッ』とソファの背持たれに体を預け、テーブルの紅茶を手に取り口に運ぶ。
「なるほど、それで私をですか……分かりました。では、私で良ければ、竿の鑑定をやりましょう」
少し考えた後、引き受けたリサン。
すると、隣の控え部屋にでも、置いてあったのだろうか?
すぐさま台座に乗せられた二本の竿が、使用人に押されリサンの目の前にやって来た。
「リサン。その二つが『岩隠れ』と『雲水』だ。私から見て、右の竹を組み合わせた六角形の竿が『岩隠れ』で、左のムクの丸竹材を使った竿が『雲水』だな。手に取って鑑定してみてくれ」
「はい。失礼します」
リサンは、竿を手にとって鑑定を始めた。
二十分後。
リサンは、二つの竿をそれぞれ台に戻し、皇帝に向き直る。
そして、鑑定結果を紙に書いて使用人に渡した。
その鑑定結果は以下の通りである。
+++++++++++++++++++++++++++++
『岩隠れ』
耐久=優 携帯性=可 遠投能力=優 操作性=良
『雲水』
耐久=良 携帯性=優 遠投能力=可 操作性=優
++++++++++++++++++++++++++++
使用人から手渡された紙を見て、『ほう?』と声を出した皇帝。
「なるほど、評価の内訳はこうなっているわけか? 同点だと言っても、各性能によって差があるのだな?」
皇帝は紙から顔を上げ、リサンに説明を求めた。
「はい。この、二つの竿の優劣は、皇帝陛下の感覚と使用環境によって変わります。たとえば、広い湖や川に行けば『岩隠れ』を良いと思うでしょう。逆に、山深く狭い渓流であれば『雲水』が使いやすく感じるハズです。もしかして、皇帝陛下の良く行く釣り場が、在るのではありませんか? 湖か渓流、その場所に偏りがあると、どちらかを、良い竿だと思う可能性があります」
そう言ってリサンは、深々と頭を下げた。
皇帝はもう一度紙を見て、小さく何回も頷く。
「うむ確かに、私は好んで湖に釣りに行く。そして、圧倒的に釣行回数が多い。なるほど、湖には『雲水』は合わない。だから、私は、『岩隠れ』の方が良い竿だと思っていたわけだ!」
皇帝は晴れやかな笑顔を見せ、リサンの頭を上げさせる。
「リサン、顔を上げよ! 本当にすばらしい観察眼と知識を持っておるな! 聞けば、今は無職らしいが、どうだ? 私について帝国に来ぬか? 帝国鑑定士長に、軍師に、賢者、どれでも好きな役職をやろう! なんなら三つともやっても良い! 末代まで称え
北の皇帝は、壁の千年樹を指し示して、ドヤ顔でリサンを勧誘した。
考え抜いた勧誘のセリフなのだろう、
(さて、どう断るか……)
リサンは、少し考えた後、返答した。
「お断りします。私は称えられたり
「……」
リサンの言葉に、押し黙るしかない北の皇帝。
「そのはずです。私も、
リサンは立ち上がり、頭を下げて、部屋を出て行く。
ざわつく皇帝の部下達。
室内に配置された衛兵は、リサンを『止めなくて良いのか?』と皇帝の顔色を伺っている。
しかし、皇帝は動かず声も発しない。
ただ、痺れを切らせて、リサンを止めようと動き出した衛兵だけは、首を振って制止した。
少しして。
リサンが出て行った後の<大樹の間>。
心配そうに見つめる部下達の前で、突然肩をゆすり始める皇帝。
「ンフフフッ! してやられたな……ハハハハッ!!」
突然、笑い声が室内に響いた。
そこには、ソファにもたれ、額に手をあて、大笑いする北の皇帝が居た。
『何事か!』と身構えた部下達は、『ホッ』と安堵したのである。
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