第14話 秋終わり馬肥ゆ―6

 ラタジーレを酔いつぶし、接待から抜け出したリサンは、明日の早い出発に備えてすぐ宿で休んだ。

 そして次の日早朝から馬に乗り、徒歩で二日の距離を一日で駆ける。


 ナルフの依頼で選んだ馬は速度はイマイチだが、持久力はすばらしい力のある馬だ。その日の夕方には疲れを見せず北浜に到着した。

 ナルフに馬を引き渡し、リサンはがルモンド山麓ふもとの作業小屋に帰りついた時、辺りは真夜中になっていた。


「ううっ、さすがに寒いな」

 秋も終わり冬の入口ともなれば、夜は冷える。

リサンは、先程まで足元を照らしていた携帯ランプを戸口に掛け、鍵を開けた。

 そしてランプを戸から外して中に入ると、急いで暖炉代わりのかまどにランプの灯を移す。

 『パチパチ』と小さく爆ぜる音がして火が大きくなり、部屋の中に暖気が回り始め、やっと一息つけた。


「ふう。茶を入れるか」

 かまどで湯を沸かし。茶葉を取ろうと棚に手を伸ばした時、外からリサンを呼ぶ声がした。


「リサン! いるか!」


「ん? ラクス様?」

 ラクスの声だと気付いたリサンは、入口の扉を開ける。

そこには悲壮感漂うラクスと、三本の脚で体を支えている明らかに立ち方のおかしい馬がいた。

「リサン! この<ラダーク>を! いや、この馬を助けてくれ!」

 突然、頭を下げる王子。


リサンは黙って馬に近づき、携帯ランプを近づけて馬の曲げている前脚の様子を見る。


「エビハラか……」

 前脚がエビの腹のように膨れている。


「ぐっ! リサンの見立ても『エビハラ』なのか?! 何とかならないのか?」

 絶望し天を仰ぐラクス。

 リサンは『エビハラ』についてラクスに教えていた。

  

~エビハラ~


 エビハラは屈腫炎の俗称。馬の関係者たちの間でそう呼ばれる。軍で治った例が数例しかなく不治病とされていて、この状態になるとまともに走れないので基本すぐ馬は処分されてしまうのである。


 少し考え込むリサン。


「……あ! そういえば、今まで治った馬はすべて冬に発症したもの。もしかして、患部を冷やしたことが治った原因か?」

 何か閃いたようなリサンのつぶやきに、ラクスが反応する。


「おい! 治療法がわかったのか?! 頼むリサン、こいつを治してやってくれ」

 ラクスがもう一度頭を下げた。

 しかしリサンは首を振る。


「申し訳ないがラクス様、私はこれから雪が降り始めるまでの一ヶ月、山小屋を閉める作業で忙しい。とても馬の世話など出来ないのです。他を当たってください」

 リサンは多忙を理由に断った。だがラクスは諦めず食らいつく。


「いや他の者では無理だ。馬の専門医にも聞いたが『処分するしかない』と言われた。かなりの数の馬関係者に頼んだが元々『助ける』などという選択が無い者達ばかりで、誰も手を貸してくれない」

 必死の形相のラクス。

(そんなに、この馬を気に入ったのだろうか?)

 リサンは少しイジワルな提案をした。


「ならば、ラクス様が世話したらどうです? 治療できるかどうか予想にすぎませんし、可能性は低いでしょうが、やれば奇跡が起きるかもしれませんよ?」

 リサンはこの時『ラクス様は、どうせ世話しないだろう』と思っていた。しかし、ラクスは即答した。

 

「わかった! 私が世話しよう。すまないがリサンこの作業場の馬房を貸してくれ。賃料は払う」


「え!! ラクス様! 本気なのですか?」

 驚くリサン。まさかラクスが馬の世話など受けるとは思わなかったのだ。


「ああ、やるさ。コイツが治るならな」

 静かに答えるラクス。


「ちょっと確認しますが、馬の世話を舐めてませんか? 糞尿の処理とか馬房の掃除、敷藁の入れ替えに飼葉と水の交換、それに加えて馬の体勢の変更に脚の治療、最低一ヶ月の間、跛行はこう(釣り合いのの取れない歩み)が治るまでは、王宮に帰れませんよ? 王宮での、オラクスウェル王子でないと出来ない仕事はどうするのです?!」

 リサンはラクスを追求する。


「王宮は私が居ない方が仕事が捗るさ。生存確認だけできる連絡先さえ教えてあれば、今までも三か月くらい王宮に帰らなくても問題無かったしな? 馬の世話も第二騎馬隊に仮入隊した半年前に、徹底的に鍛えられたから大丈夫だ」

 その王子の答えにリサンは思い出す。


(そうだった。半年前の一ヶ月間、王子はチャタニール隊長に馬房係を命じられたと噂に聞いた。あれは本当だったのか……ならば、馬の世話をするというのは本気か)


 リサンは頭を『コリコリ』とかいて王子を見くびっていた事を反省する。


「わかりました、王子に馬房を貸します。ただ怪我をした馬を一人で世話するのは無理です。商人のロウに言って手伝いの<下男>を二~三人集めてもらいますからね。その分の給金を馬房の賃料としますよ、いいですね? あと『引き運動が出来るまでは最低一ヶ月。その後、完治するまで約十ヶ月は必要だ』と残された、少ない治療記録にありますから、気長に無理せず、世話をする事を約束してください」


「わかったそうする。ありがとうリサン!」

 リサンの許可を受け破顔して喜ぶ王子。

 リサンは、これほどこの<ラダーク>という馬に『惚れ込んだのは何故か?』と、聞いてみた。


「ん? 何故かって。それはこの馬が、私の命を救ってくれたからだ!」

 人の命を救った馬<ラダーク>。王子によるとルモンド山に登った時、崖際でバランスを崩して落ちそうになった王子を<ラダーク>が服をくわえて止めた。そしてその時に無理に岩場で踏ん張ったのが、今回の『エビハラ』の原因だと王子は思っているらしい。


 実際には、その時のことが原因ではないだろう。

 しかし、<ラダーク>への感謝が、そう王子に思い込ませ、『世話をしようとする原動力になっている』と思うと、リサンにはどうにも指摘できない。


 こうして、王子は人の手を借りながらも、馬の世話をすることになった。

 その為に、二日に一回リサンの作業小屋に泊まることになるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る