第15話 臭い所に味がある―1

 リサンが冬支度の為、山小屋に向かった頃。

 漁村のナルフは仕事終わりに村はずれの小屋に向かっていた。


 その小屋でひっそりと、エイの胴体を使う『とても臭い』と教えてもらった食べ物を試行錯誤して作ろうとしている。


「う~ん上手くいかないなあ。リサンさんは『冷所保管する』と言っていたハズ。多分塩漬けするハズなんだけど、どうにも臭いが薄いんだよなあ」

 腕組みするナルフ。


「南勢列島発祥の<発酵塩水・干しイカ>のような強烈な臭いを期待してたのになあ」


 焼いたときの強烈な臭いが出る<発酵塩水・干しイカ>のようにならないかと、試作したエイの切り身を焼いてみたが、臭いはさほど変わらなかった。


「おっと、夢中になりすぎたな。明日も早いから、このつぼを最後にするとするか」

 ナルフはふと部屋を見回した。すると、壁に掛けてあった<発酵塩水・干しイカ>が目に入った。


「そうだ! <発酵塩水・干しイカ>を一緒に入れたらどうだろう? 油紙で巻いて臭いだけが移るように。後、塩が発酵の邪魔するかも知れないから塩は抜いて、保管も冷暗所で長めにしてみよう」

 いきなりひらめいたナルフは、素早く仕込んで部屋を後にした。




―十日後―


 心を入れ替え、体を洗い清潔になったラクスが、馬の脚の負担が少なくなるように、布帯を馬の腹下に通し馬房の鴨居に掛けようとしていた頃。


 村外れの小屋で、あのエイを仕込んだつぼをナルフが開こうとしていた。


「おいナルフ。お前すげぇ物作ったんじゃねえか? 蓋を開ける前から飛んでもねえ臭いが漏れ出ているぜ」


「おおう! 確かにすごいな! 我らの大好物<発酵塩水・干しイカ>を超えるかも知れん」

 ナルフと共にいるのは、臭い食べ物好きの同志二人。


「よし、開けるか!」

 三人は顔を見合わせて、同時に頷いた。


「それ!」

 ナルフが蓋を開けた。


「グアッ」「うがっ」「ゲェッ」

 臭いものに慣れているハズの三人が悶絶する。目に涙を溜めながら一度蓋を戻すナルフ。


「ぐはあっ! 今のはなんだ! すごかったぞ大丈夫か?」


「ああ、こりゃ凄いものなのは確定だな。後は腐ってないかどうかだ」

 『同志の言い分はもっともだ』とナルフも思う。発酵と腐敗は違うのだ。


「そうだな。でも、口にしてみりゃわかるだろ! 咀嚼出来たら発酵で、吐くしかないなら腐ってる。ともかくもう一度開けるから、臭いにやられないようにな」


「「おう!」」

 ナルフの問いに、同志二人の返事がそろった。


「では、開けるまで三・二・一 開封!!」

 次の瞬間鼻の奥に突き刺さる激臭が襲い。部屋の中には尿のごとき刺激臭が充満した。

 それらに、耐えた三人は順に回されたつぼから切り身を一枚ずつ皿に取っていく。

 しばらくの沈黙、そして、自然に三人の目が合った。


「いくぞ!」


「「おう!」」

 ナルフの号令で一斉に口に切り身を入れた同志達。

 口に入れた瞬間に爆発的に広がる臭いと刺激。

 それに負けず一噛み二噛みするナルフは、舌にほんのりとした甘みと凝縮した旨味を感じた。


「う、美味い! こりゃいいぞ酒に合う!」

 ナルフがうなる。


「確かに! こりゃ売れるぜ! 呑兵衛達のんべえたちにな!」


「おおし! 量産しようぜナルフ。俺たちも手伝うからよ!」

 同志二人も気に入り、量産化の話も出た。

 激臭の小屋の中ではいつの間にか酒盛りが始まり、切り身を口にしては酒で流し込む事を繰り返す三人がいる。


 そして、その様子を鼻を摘まみながら、扉の隙間から覗いていた男がいた。


「これは村長に知らせないと……」

 男は一言つぶやき、そそくさと小屋を後にしたのだった。

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