山小屋住まいの鑑定士

第2話 愛する者には駄馬を教えよ―2

　体を洗って綺麗になった王子と、机を挟んで向かい合ったリサン。

　その怒涛（どとう）の説教に王子は,子供のように俯（うつむ）き拗（す）ねて机の上で指をこねくり回している。

(フウ怒りすぎて少々疲れました。王子も少しは反省したようですし、この辺で許してあげますか）

　リサンは説教を中断し、王子に助け舟を出すことにした。

「さてと、ところで王子何用でここまで来られたのですか？」

　リサンの説教暴風雨が突如（とつじょ）おさまった。『このチャンス逃さない』と喜色満面で顔を上げた王子は、間髪入れずに答える。

「ああ今日は、名馬の鑑定法を教えて貰おうと思ってやって来た！」

　どうやら王子は、来月行われる王国一の馬市＜ダタール・ハリ＞で馬を買うため名馬の鑑定法が知りたいらしい。

「王子自身が直接鑑定するつもりですか？　そんなもの＜鑑定スキル＞持ちの＜特能鑑定士＞にやらせれば良いではないですか？」

―＜特能鑑定士＞三年前突如現れた能力者。神から祝福されたという星（ランク）の鑑定を100％成功する＜鑑定スキル＞を持つ者である。ただ鑑定回数に制限がありその回数は人によってバラバラである―

「ああ、頼んだが現鑑定士長のエスターに断られたよ。『日に三十回しか行使できない貴重な＜鑑定スキル＞を王子の道楽に使用できません』てな」

　王子の言葉にリサンは少し考え込んだ。

（確かに＜特能鑑定士＞は現在十名。現鑑定士長で＜特能鑑定士＞主席のエスターでも三十回。次席以下は平均10回の鑑定回数しかない。全員で万の馬を鑑定すれば三か月かかる）

「ふむ、確かに回数制限のある＜鑑定スキル＞で、万を超える数の馬をすべて鑑定するには会期日数が足りませんね？」

　リサンは腕を組み大きく頷いた。

「そうさ。こんな風に＜通常鑑定士＞に頼めなくなると困るから『＜通常鑑定士＞達の降格人事をしないでくれ』と父上に進言したのにな。まったく、＜骨董（こっとう）鑑定官＞という格下の部署なんかを提示して、全員に辞める絶好の口実を与えてしまうとは、父上も困った人だ」

　顔をしかめて愚痴を言う王子。

「えっ？　私以外は人事を受け入れたと聞きましたが？」

　『初耳だ』と驚くリサン。

「ああ、リサンが辞めるまではな。他の者達は、リサンも一緒に移動すると思っていたらしい。『リサンが辞める』と聞いて全員が辞職したんだ」

　王子は悔しそうに唇を噛んだ。

　その姿を見てリサンは『自分にも責任の一端はあるか……』とつぶやき、腕組みを解いた。

「う～ん……わかりました王子。そう言う事なら名馬の鑑定法を教えましょう」

「ホ、ホントか！？」

　身を乗り出す王子。

「ええ、教えますよ。私にも責任があるようですしね。ただ王子は、王様に不満があるようですが、王様の考えは間違ってません。＜特能鑑定士＞は未知な物も鑑定できます。我々＜通常鑑定士＞より優秀なのは間違いないのですからね」

　リサンは文箱から墨汁壷と筆を取り出す。

　その言葉に『フン』と鼻を鳴らし、あきれる王子。

「何を言っているのだリサン。＜特能鑑定士＞に匹敵する鑑定率を誇った男が」

「王子こそ何を言っているのですか？　私は未知品の鑑定は出来ませんし、間違いもする只の鑑定士ですよ」

　リサンは王子の言い分を軽く流して『サラサラ』と名馬の鑑定法を紙に書いていく。王子は引き下がらず、話を続ける。

「だが、その只の鑑定士は＜特能鑑定士＞よりも、鑑定したその品物の歴史に詳しいではないか？」

　＜特能鑑定士＞は通常鑑定士より優秀と言い張るリサンに、王子は通常鑑定士が勝る部分を挙げてみる。

「ああ、そこは確かに。＜特能鑑定士＞は『その品物の成り立ちや歴史はわからない』と聞きますからね。でも、未知の品物を鑑定できる方が遥かに素晴らしいですからね？　まあ、そんなことより、これがお求めの＜名馬の鑑定法＞ですよ」

　しかし、リサンはそんな質問を気にも留めず、受け流して答え、鑑定法を書いた紙を王子に手渡した。

「ううむ。聞き流したなリサン。歴史一点においては＜特能鑑定士＞より優秀だから、父上には降格の意思なく、ある意味＜同等同列＞と評価して＜骨董鑑定官＞を新設したという事か？」

「そういうことです。では、私は仕事に戻りますから、勝手に帰ってくださいね。おっと、忘れるところだった。壊した鍵の代金として＜老酒＞を所望しますからよろしく」

「グッ！　……わかった。次来るときに持ってこよう」

こうして王子は帰って行き、リサンは仕事に戻れたのだった。