山小屋住まいの鑑定士

第1話 愛する者には駄馬を教えよ―1

　リフラーテ大陸の東端にある＜ルモンド山＞、その山中の八合目に山小屋がある。

　その山小屋からしばらく下った森の中で、背負い籠（かご）に草を次々と入れていく優し気な黒髪の男。

　見た目は二十代後半から三十代の男で、丈夫そうな布の服上下に皮のベストを着ている。

　男は籠（かご）が一杯になると、山小屋を目指し登り始めた。

『ザッザッザッ』

　かなり急な山道をものともせず、男は力強く登る。

　山を登るにつれ高い木は姿を消し、低い木と草そして岩石が目立ち始める。

「フウッ」

　さすがに一気に登った為か、男は立ち止まった。

　後ろを振り返って山の麓（ふもと）に視線を移し一息入れる。

　男の視線の先には森があり、そこから平野が続く。

　平野にはルモンド山の西に連なる山脈から、流れ出た雪解け水が川となり曲がりくねって奥に見える海まで続いている。

　川の近くには集落が点在し、その河口付近に見える大きな三角州に、ひと際大きい港町＜王都アレス＞が見える。

　男は腰の水筒を抜き取り口に運んだ。

『ゴクッ、ゴクッ』

　喉に潤いを与える為水を飲む男。そして、すぐ水筒を腰に戻し再び山を登り始めた。

　周辺に大小の岩が点在する山小屋に戻ってきた男は、入り口横に籠（かご）を降ろし扉の鍵を開けようとした。

「ん？　鍵が壊されている？」

　眉をひそめ、静かに扉に耳を当てる男。

『グォォゥ……ガァァ……』

　微かに聞こえる唸り《うなり》声、男はそっと後ろ腰から鉈（なた）を引き抜く。

　そして、扉に手をかけゆっくりと開き、そっと中を覗いた。

『グォォゥ……ガッ……ガァァッ！』

　男が見たのは壁際の寝床で、いびきをかく山賊風姿の金髪男。

「……」

　男は、無口で鉈（なた）を後ろ腰に戻し、『ツカツカ』と金髪男に近づく。

　そして、大きく息を吸い込むと大声で𠮟りつけた。

「勝手に私の家に入って何してるんですか！？　起きなさい！　ラクス！　いや、オラクスウェル王子！！」

「うぁ？」

　王子と呼ばれた金髪男は、顔をしかめながらゆっくりと目を開いた。

　そして、傍（かたわ）らに立っている半分あきれ顔の男に気付く。

「あうっ！　リ、リサン！　そんなに怒らなくてもいいだろう！？」　

　飛び起きる王子。その王子にリサンと呼ばれた男は抗議を無視しては説教を続ける。

「何言ってるんです！　家の鍵まで壊して侵入して！　あなたは姿だけではなく心も賊に成り下がったのですか？！」

　王子を睨（にら）むリサン。

「い、いや、それはだな。ここまで来るのに喉が渇いてしまってな。どうしても我慢出来ずについ……」

　『ボリボリ』と頭を掻く王子。フケかホコリか『パラパラ』と寝床に落ちた。

「あっ汚い！　もう王子！　何日体を洗ってないのですか？！　裏に水浴び用の大瓶（おおかめ）がありますから、そこで洗ってきなさい！　早く！」

　リサンは急いで炊事場から泡立草（あわだちそう）と洗い布を取ると、王子に押し付けて入口扉から外に押し出した。

「ちょっ、わ、わかったから強く押すなよ！」

　王子は文句を言いながらも素直に体を洗いに裏に向かった。リサンはそれを見届けると、すぐさま小屋の中の掃除を始める。

「ノミやシラミを持ち込まれたら大変だ！」

　寝床の敷布や机や椅子に至るまで外に放り出したリサンは、突然する事になった大掃除に辟易（へきえき）とするのだった。