第64話 番外編② 弓の使い方ー3

 まず、二人が最初に取り掛かった仕事は、現在の縄張りの把握だった。

 朝、山に入り夕方まで、以前人が襲われた場所や、鹿が殺され埋められた場所、通称<土まんじゅう>を、歩き雪上に残された痕跡を探していく。


木で砥いだ爪痕。こすり付けて残った体毛。などの痕跡をたどった結果。

現在、半径五キロメートル程の範囲を縄張りにしている事がわかった。


一週目、週末の土曜日。

調査を終え山の麓で相談する二人。


「思っているより縄張りが狭いな?」

 素直に感想を述べるリサン。


「まあ、それでも端から端で十キロメートルあるがな。それより、この一週間で一度も姿をみてねえ。どうするリサン?」

 ブロアは、腕組みして考え込む。


「ブロア。これは私の予想だが、『オオハコ』は人を見れば付きまとうが、人の姿が見えないときは、人のニオイや痕跡からは逃げるようだ。これが正解だと仮定して明日から行動してみないか?」

 リサンは明日からの行動方針を提案した。


「おっ?! 何か作戦でもあるのか?」

 期待するブロア。


「ああ、準備が必要だがな。奴の行動範囲を絞り込む。明日から、手垢のついた手ぬぐいや、汗のついた下着をいくつか持ってきてくれ。洗うなよ?」


『ほう? 何に使うかわからんが、自信があるんだな? いいだろ乗った! じゃあ、また明日頼むぜ!」

 ブロアは『ガハハッ』と笑い、家に帰っていく。

 その姿を見送りながら、『さて私も帰るか』とつぶやいて、リサンも帰路についた。 


 こうして、次の日から行動範囲を絞りこむ作戦を実行した二人は、第三週に満を持して攻勢に転じることになる。


第三週目の週末。


 リサンとブロアは<白岩>近くの窪に向かっている。


「なるほどな。オレらが二週間かけて保存食置き場の<土まんじゅう>に、置いてきた手ぬぐいや下着の切れ端が、人の痕跡として強く残る。それを嫌う『オオハコ』は、その保存肉を忌避する。そして腹の減った奴は<白岩>周辺で狩りをすると読んだのか!」

 先頭を行くブロアは、今日も元気に雪を踏み固めて進む。


「ああ。弓で攻撃された記憶が新しいから窪地には居ないかもしれないが、冬には食料になる木の実も虫もないからな、腹が減った奴は鹿を襲う為に<白岩>周辺に現れるはずだ」

 自信を持って予想するリサン。二人は、雪をかき分け山を登る。


 二時間後。

 窪地にやって来た二人は、何者かが踏み荒らしたような雪痕を見つける。

 そこには赤い血が飛び散っていた。


「おっと、コリャ新しいぜ! 足跡もバッチリついてる! こんな真冬に鹿を食う奴はアイツしかいねえ。追いかけるぞ!」

 すぐさま追跡を始めたブロア。リサンもその背中を追いかける。

 そして、一時間後。

ついに『オオハコ』を視線の先に捕らえた。


「くそっ! 雪が降ってきやがった。しかも、アイツ今、谷川を渡った所だ! 俺たちに気付いてないから谷川を迂回したら雪で足跡が消える可能性がある。何か策はねえかリサン」

 

「こっちが風下だからな、大声出しても気付かれない可能性が高い。しかし、ここで逃がすのは痛いな。ならば賭けてみるか?」

 リサンは、ポケットから丸みを帯びた金属製の指輪を取り出し右親指にはめた。

 そして、おもむろに背中から弓を取り、弦を指輪で引っ掛け矢をつがえて上空に向かって矢を放った。


 放たれた矢は、風に流され右に曲がりながら谷川に落ちる。それを見たブロアは息を飲み、リサンに詰め寄った。


「リサン今のは風読みか?! ここから狙う気かよ無理だ! ここから『オオハコ』まで四百メートルはあるぞ? いくら高所からの攻撃でも、短弓の威力じゃ当たっても大したダメージにならないぞ」

 忠告するブロア。そんなブロアにリサンは背筋を伸ばし自信を持って答えた。


「大丈夫だ。この距離でも動きを止めることは出来る」

 そう言って、ブロアを下がらせ、矢をつがえて弓を目一杯引き絞った。


「いけえっ!」


「キヒュンッ!」


 短弓とは思えない音を残し、左方向に打ち出された矢は右に曲がりながら『オオハコ』に向かう。

 そして、その矢が腰に当たった瞬間『オオハコ』は仰け反り倒れた。


「マジか! やったぞリサン!」

 喜ぶブロア。しかし、リサンは二の矢、三の矢を放つ。


「キヒュンッ」「キヒュンッ」

 二の矢は少し外れたが、連射の短い間に修正され三の矢は当たったようにみえた。

 しかし、『オオハコ』は、矢は当たったが『生きている』とアピールするように、左後ろ脚を引きずり逃げるように歩き出す。

 そして、リサンの方を振り返り咆哮した。


「グオオオオオンッ!」

 風に乗った咆哮は、リサンの耳に届いた。


「お前らを呪うと聞こえるな……」

 リサンは弓を下ろした。


「行くぞリサン! あれならオレらが迂回しても追いつける! コッチの勝ちだ行くぞ!」

 『カタキを討てる』といきり立つブロアは、リサンの言葉を聞き流し、谷川を迂回するルートへと歩き出した。


 それから、半時間。

 谷川を迂回する道中、リサンはブロアに黒弓の事をしつこく聞かれていた。


「だから、西国の弓じゃなくて、最果ての国の弓なのコレは!」

 西最果ての国にある『世界最強の弓』だと説明したはずだが、やれ、『どうしたら手に入る?』とか、『西国なら自分で買いにいける』とか、興奮してちゃんと説明を聞いていないブロアに呆れるリサン。

 そんなブロアが、突然質問をやめた。


「コレだ」

 ブロアが低い声で足元を指し示す。

 降りしきる雪に消えそうになっている足跡がある。その先に『オオハコ』が倒れ大きく崩れた雪のくぼみと脚を引きずった跡が見える。

 そして、『オオハコ』の血が赤く雪を染め、その逃げた方向に点々と続く。


「うむ、この様子だと遠くまでは行っていないだろうな。最後は頼むぞブロア」


「ああ、親父のカタキは必ずオレが討つ。サポート頼むリサン」

 二人は『ガツッ』と拳をあわせ、『オオハコ』の後を追った。


 五分後。

 『オオハコ』は、行き止まりの崖前にいた。

 雪面に伏せ体力回復につとめているように見える。

 しかし、リサンたちが弓を持って近づくと、起き上がり唸りを上げて威嚇した。


「グルルルルルゥッ!」


『オオハコ』はリサンに向かって突進しようとした。

 しかし、突進しようにも脚が上手く動かない。その力のない突進にリサンは冷静に弓を引いた。

 そして、つがえた鉄芯の矢を左目に目掛けて放つ。その瞬間『オオハコ』は左前脚で目を庇った。しかし、鉄芯の矢はその前脚を突き抜け『オオハコ』の左目を貫いた。


「グガアアアアアアッ!」


 『オオハコ』は顔を押さえてもんどりうって転げまわっていたが、突然『ガアアァッ』と激しい咆哮と共に立ち上がり、最後の力を振り絞って両手を振り上げた。


「今だ! ブロア! トドメを!!」


「オオッ!!」


 ブロアは『オオハコ』の懐に飛び込み矢を放つ。

 矢は『オオハコ』のアバラ骨一本を粉砕し、心臓に到達。


「ギュォゥッ!」


 『オオハコ』は短く叫び声をあげ、ゆっくりと後ろに仰向けに倒れた。


「フ~」

 ブロアがついた溜息が、白く顔前に伸びていく。


「やったな!」

 リサンは、自分の事のように手を叩いて喜ぶ

 

「おう! 帰ったら熊汁で乾杯だ!」

 リサンに親指を立てるブロア。

 しかし、喜ぶ二人をしり目に、『ズルズル』と滑り出す『オオハコ』の体。


「「あ!」」

 二人が気付いた時には『オオハコ』の体は、勢いよくスロープを滑り出していた。そして、脳天から真っ逆さまに崖下へと落ちていく。


「やっちまった……」

 『ガックリ』と、うなだれるブロア。

 その背中を『ポンポン』と叩き、リサンが声をかける。


「まあ、しょうがないさ。ここに居ても寒いし、帰ろう」


「……そうだな、帰るか」

 少し間を置き、頷くブロア。

 二人は『ニヤッ』と笑い合った。

 

******


 『オオハコ』討伐の三日後。


 ブロアからお礼の品が届いた。


「おっ、鹿ニカワじゃないか! これで竹弓を直せる!」

 リサンは喜んで修復作業に入ろうとした。


 そこに突然、北浜のナルフがやって来る。


「リサンさん! <ニベニカワ>手に入りましたよ! たまたま、やって来た商人が持っていたんです!」


「エッ……」

 その言葉に固まったリサン。

 

 苦労して手に入れた<鹿ニカワ>を使うか? 

 運よく手に入った<ニベニカワ>を使うか?


 リサンはこの後一週間、悩む事になるのであった。

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