第65話 番外編③ 白磁を買わんと欲してまず土器を問う

 雪は溶け始めたが、まだ寒さが残る麓の作業小屋。中ではリサンがお茶を飲もうと湯呑みにお茶を注ごうとしていた。


ドドッザザンッ


突然、近くの木の枝から雪が地面に落ちた音が響く。


「春の到来か。そろそろ山に入る準備をしないといけないな」


小屋の外を気にした時、手からスルリと湯呑みが滑り落ちる。


「しまった!」


ゴンッ、ビシャッ、ゴロゴロッビギッ!


土間に落ちた湯呑みは転がって、お茶をぶちまけながら壁に当たって止まる。


「フウ。割れなかったか」


リサンは見た目割れてない湯呑みを拾うと、中を除きながら、外の光に当てて割れがないか確認した。


「あーダメか。光が漏れてるな」


 湯呑みの中に点々と光の粒が見える。光が通るということは割れている証拠だ。

湯呑みをひっくり返して外側をよく見ると、うっすらとヒビが入っている。こうなると水漏れを我慢して使うか、捨てるかの2択だ。

東の島国には、割れた茶碗を金でつないで使う技術があるらしいが、その方法はまだこの国に伝わっていない。


「アサムなら知ってるかもな。今度会ったら聞いてみよう」


リサンはヒビの入ったお気に入りの湯呑みを、直せる事を願ってそっと木棚にしまった。


「しかし、湯呑みを直すまでお茶を木椀で飲むのも味気ないなぁ。よし。シークの町の古物商に行って、手ごろな湯呑みを探すとするか」


リサンはいそいそと出かける準備を始めた。


(シークの町とは旧トーラの町である。アトラとカビラどちらかが領主になると言われているが、双方が譲り合ってまだ決まっていない。ただ、どちらが領主でも姓はシークであるので、既にシークの町と呼ばれている)


 1時間後。リサンはシークの町にやってきていた。

 シークの町には何軒かの古物商の店がある。ただ昔からある店は、リサンのことを知っているので、リサンが品物を手に取ると、『もっと価値のあるものなのでは?』と疑って売ってくれない。そこで今回リサンは、流れの旅商人が店を開く自由市場に向かうことにした。


南門から少し歩いて、自由市場に近づくとひさしの付いた、簡易テントがずらっと並んでいるのが目に入った。そのまま市場に入ると入り口近くの店主から声がかかる。


「お客さん!ウチは良いものばかりだよ!」


見れば雑貨屋だ。

旅商人ばかりだから、雑貨を扱う店が圧倒的に多いのだ。

だが、ちらほらと古物商らしき店もある。

リサンは古物商らしき店を重点的に巡ることにした。


********


しばらく後。

 市場内を歩き回っても、残念ながらめぼしいものは見つからない、『良い湯呑みはなかなか難しいな』と諦めかけたころ、市場の1番奥にある古物も扱う雑貨屋に目がいった。


「ここで最後にするかな?」


リサンは最後に、その雑貨屋の品物を見ることにした。


********


「いらっしゃい」


 店主は、突然店に入って来たリサンに注目した。

(ん?町の老舗に行かず、こんなトコに来るのは、貧乏な奴って相場が決まってるんだが、小綺麗って事は、身分隠した馬鹿公子ってとこか?)


 そんな事を思われてるとも知らず、1つの古い湯のみを手に取るリサン。


「おっ!これは、中々のもんだ」


 その様子を見た店主は、カモが来たと確信した。

(何が中々だ。それは名も無き作家が作った民藝品だよ!)


コレはチャンスだと、湯呑みを持ってしげしげと眺めるリサンに話しかける店主。


「お客さん。湯のみなら、もっと良いものがありますぜ?」


店主が奥から出してきたのは、名品と名高いガルペらしき湯呑みだった。


(これがガルペ?怪しいなぁ)


「ちょっと、底を見せてくれないかな?」


リサンは、店主に頼んで底を見せてもらう。


(やっぱり偽物だな。銘はあるが中央に窪みがない。ガルぺは銘の中央に小さな窪みを必ず入れるから)


リサンが、そう断じたことも知らずに、偽物を推す店主。


「どうです。本物でしょ?お買い得ですよ。たったの小金貨1枚(日本円で75000円)です?買いませんか?」


リサンは、腕を組み考えるフリをした。


(大体ガルペの作品が、小金貨1枚なんかありえない。この店主、騙し方下手だな)


リサンは腕組みを解いて、『お金がないから』と言って断り、最初に見ていた湯呑みを買うことにした。


「本当にそれでいいんですか?どこの誰かが作ったかわからないよ?まぁ.……どうしても欲しいなら、大銀貨1枚(日本円で2500円)ですが」


リサンは銀貨を渡して湯呑みを貰うと店を後にする。


「毎度あり」


カモを逃したと思ったのか、リサンの背中にかけられた、店主の声は低く沈んでいた。


 リサンが帰ろうと町の南門に向かって歩いていると、突然、少年が馴染みの武器屋のテントからつまみ出されてきた。


「詐欺師め!こんなニセモノがわからない程、俺は落ちぶれてねえ!2度とこんな事出来ないように憲兵に突き出してやる!」


その様子を見て野次馬が『なんだなんだ?』と集まりだした。リサンは騒ぎを落ち着かせる為、2人に走り寄り店主と少年双方から話を聞く。


「どうした?何があったんだ?」


「あっ、リサン様。どうもこうも無いです。このガキが、名工『アルニの剣』だと偽物の剣を売ろうとしやがったんです!」


「な!?そんなつもりないよ!!ちゃんと銘も入ってる本物だよ!」


少年を睨む店主と言い返す少年をリサンが引き離す。


「待て待て!2人共落ち着け!その剣か?原因は?」


少年が抱きしめる、布に包まれた細長い物に視線をやるリサン。


「そうです、あ!リサン様が見てくれたら話が早い!鑑定してこの馬鹿店主に引導渡して下さいよ!」


「は?引導渡されるのは、お前だガキ!そんな『アルニ』が作ったと思えない不恰好な剣なんて、リサン様は偽物だって言うに決まってる!」


睨み合いバチバチ火花を散らす二人。


「わかったから!鑑定するから。まずは、落ち着け!」


そんな、いがみあう2人をリサンなだめていると、騒ぎを見つけた若い憲兵がやってきた。


「こら!お前達!天下の往来で何やってる!通行の邪魔だ解散しろ!」


いつの間にか野次馬がリサン達をぐるりと囲み、通行の妨げになっている。若い憲兵は野次馬を掻き分けリサン達の元にやって来ると、リサン達にこう言った。


「お前らが騒ぎの元凶だな!番屋まで来てもらうぞ!」


驚く一同。特に騒ぎを鎮めようとしていたリサンには、とばっちりもイイとこだ。


「ええっ!私もですか?!私はリサンという鑑定士で騒ぎを収めようと……」


抗議するリサン。


「うるさい!誰でも騒ぎを起こせば番屋で事情聴取するのが決まりだ!つべこべ言わずについてこい!」


若い憲兵は融通が利かず、リサンの事も知らないようだ。リサン達は憲兵の後ろについて、トボトボと番屋に向かったのだった。


********


「ワハハ!それで事情聴取を受けていたってワケですか?」


 番屋に来てから少しして、突然、事情聴取は終わった。番屋にやって来たラタジーレがリサンに気付いたからである。若い憲兵は、『やってしまった、怒られる』と、ビクビクしていたが、『忖度せずにキッチリ仕事をこなした』と、ラタジーレに褒められ胸を撫で下ろしていた。

現在、リサン達は歓談室に場所を移してラタジーレと話をしている。


「それでリサン殿?その剣の鑑定は済んだのですか?」


「いや、まだ、これからですよ?」


今や王国の重臣であるラタジーレの登場から、緊張で小さくなってしまった店主と少年の方をリサンは見た。


「君、まだ名前聞いてなかったね?名前は?」


「き、キースです」


「じゃあ、キース。その剣を鑑定してみるから貸してくれるかい?」


「は、はい」


キースが剣を包んだ布ごとリサンに渡す。

リサンは、剣を取り出し鑑定を始めた。

刀身をじっくりとながめ、時折り眼を凝らしながら鑑定をすすめる。そして、柄の銘を見た後、『フウ』と短く溜め息をついて、剣を机の上に置いた。


「ど、どうでしたか?」


恐る恐る鑑定の結果を聞くキース。それを店主も固唾を飲んで聞いている。


「結果としては、コレは名工『アルニ』の剣。ただし、剣としての価値は低い。あるとしたら石材加工用のノミとしての価値だ」


「は?剣の形をしてるのにノミですか?」


「そんな!剣型のノミなんて何の意味があるんです?」


驚くキースと店主にリサンは説明を続ける。


「そうだね……言わばコレは試作品なのさ。『アルニ』と言えば、達人が使えば岩をも切ると云われる剣が有名だが、そんな剣を作るには、試作無しではできないだろ?そこで試行錯誤して試作する訳なんだが、これは、その過程で作られた切先の形を試す物なんだ」


そのリサンの説明に、ラタジーレが待ったをかける。


「ちょっと待ってくれ、それが正しいとしても試作品に銘など刻むか?」


「そうそこだ!それがオレが偽物だと思った所なんだ」


ラタジーレに続いて発言する店主は多分よくわかっていない。

キースは不安そうに聞いている。リサンはみんなの顔を見てから、さらに続けた。


「ああ、それについてはね、文献が残っているんだ。『アルニ』が晩年書いた著書で、『試作品だが、我が作品で初めて岩をつき割った剣に銘を刻んだ』とね?」


「何っ!?岩を突き割っただと?!」


思わず立ちあがるラタジーレ。店主もキースもコレにはのけぞって驚く。


「ただね、コレにも訳がある。『アルニ』は剣の達人じゃないから、岩を貫く技など持ってない。だから、切先を岩に当てて、ハンマーで叩いたんだ。岩が割れて切先に変化がない事に満足した『アルニ』は、銘を刻んだのさ、正直、後で鋳潰すつもりだったんだと思うよ?ただ、何かがあってその銘入り試作品が流出してしまい、一応、書籍に書き残したんじゃないかな?というわけだ」


リサンは、そう言って出されていたお茶をすする。

それを聞いた店主は、しばらく唸った後、急に立ち上がりキースに向き直って頭を下げた。


「疑ってすまん!ただ、剣型のノミは武器屋では売れん。買ってくれそうな石工を紹介するからそれで勘弁してくれ」


「いやいや、こちらこそ!石工が使うようなノミを、知らないとはいえ武器屋に売りに行ったのですから追い出されて当然です」


キースも立ち上がり、二人は謝りあっている。それを見たラタジーレがホッとした様子で二人に声をかけた。


「まあ、何にせよ良かった。ただ二人共コレに懲りて今度は、ちゃんと調べてから主張しろよ」


ラタジーレに言われて、恐縮しながら歓談室を退出する二人。

その二人を見送りながら、お茶を飲み干したリサン。それに気づいたラタジーレが声をかける。


「お疲れ様でしたリサン殿。お茶のおかわりはどうですか?」


「ああ、いただきましょう。では、次はこの湯呑みに入れてください。さっき買ったばかりの物なんですけどね」


リサンは、さっき買った湯呑みを懐から取り出した。それを見るなり声が裏返るラタジーレ。


「そ、それは、ガルぺ?!民藝品を模しているんですね!これはまた珍しい!」


手渡された湯呑みを、慎重に扱うラタジーレ。


「ほう!よくわかりましたね?銘が模様の一部になっていて、わかりにくいのに」


「いや、ガルぺは収集してるんです!リサン殿!買った二倍いや!三倍出すんでコレ売ってもらえませんか?」


頭を下げて頼むラタジーレ。


「いやあ、三倍では、最低評価額まで届きませんね。百倍以上出してもらわないと」


それを聞いて目を見開くラタジーレ。


「えっ!ガルぺの最低評価額って大金貨二枚(日本円で約30万円)ですよね?この湯呑みいくらでも買ったんですか?!」


驚くラタジーレに向き直るリサン。


「大銀貨一枚(2500円)ですよ?いやあ、大変お買い得でした」


リサンは意味ありげにニヤッと笑う。脱力するラタジーレ。


「はあ〜。たったの大銀貨一枚……ちゃんと調べてないその店の店主が悪いんですけど、ちょっと可哀想になって来た。やはりみんな、もっと勉強しないとダメですねぇ」


ラタジーレは物知らず損した店主を哀れむ。


「イヤイヤ、やりたい人だけ勉強すればいいんですよ?鑑定士は因果な商売です。皆が全ての価値をわかるようになったら、鑑定士は食って行けなくなりますからね」


リサンはそう言って微笑むのであった。

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山小屋住まいの鑑定士 与多法行 @Noriyukiyoda1212

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