第36話 傾蓋古き如くー4

 弟ワイツにお灸を据えられた形となったリサンは、その後、自室で一人の男と会うことになった。

 キアル領 筆頭密偵オリダである。


「リサン様。のは家出の時以来ですか。〈ラダーク〉は元気になったようで良かったですなぁ」


 サラリと爆弾発言するオリダ。


「クッ! (ワイツめ。オリダに私の身辺調査をさせていたな)」


 その一言で察したリサンは、探るようにオリダに話しかけた。


「オリダ殿、色々と私の事を知っているようで話が早い。東国アルサークに対して西国ティオンが不穏な動きを見せている。要注意人物であるララ・トーラ子爵と西国の関係を調べてもらいたい」

 その頼みに静かに頷くオリダは、一つ注文をつけた。


「リサン様、私の事はオリダとお呼び下さい」

 そう言って深く頭を下げるオリダ。


「ああ、ならば私の事もリサンと呼んでくれ」


「いえ、それは出来ません。代行かリサン様と呼ばせて頂きます」

 『領主の兄であり代行となったリサンを呼び捨てにはできない』と断るオリダ。


「分かった。ではオリダ、調査の方は頼む」

 ここで意固地になっても先に進まないので、素直に了承したリサン。


「了解しました。では、今からすぐ西国へ向かいます。おっと、そう言えばナルフ殿が『下山した後に山小屋の備品を持って行かれる』と悩んでいました。何か伝える事があれば、伝言を預かりますが、どうします?」


(オリダはナルフの事をいつ調べたのだろうか? それより『伝言を預かる』って、いつの間にそんなに仲良くなったのだろう?)

 不思議に思うリサン。だが、すぐ頭を横に振って思いを消す。


(まあ、密偵なのだから、いちいち驚いてもキリがない)

 頭を切り替え、ナルフへの伝言を頼むリサン。


「ではナルフに伝えてくれないか? 『裏の納戸に、幾種類か一通りの古い備品が入ってる大木箱がある』小屋を離れる時は、面倒だろうが『入口横に置いてくれ』と、その後、入口横に『自由にお使い下さい。使った後は箱に戻して』と札を出して鍵を閉めるように。まあ、鍵を壊して中に入った奴もいたが、そういう鹿は、例外だから『気にするな』と」

 オリダはリサンの言葉に頷きながらメモを取る。


「なるほど。先に提供して、相手の善意を刺激するワケですね」

 

「そうだ、これでほとんどの場合は、使った後、木箱に返してくれる。それでも一、二個盗む例外はいるが、大木箱丸ごと持って行った奴はさすがにいない。山を下るのが大変だからな」



 メモを取り終えたオリダは、『パタン』とメモ帳を閉じ、顔を上げた。


「それでは、オリダ頼む」

 

「お任せ下さい。では、リサン代行失礼します」

 リサンに答え、一礼をして部屋を出ていくオリダ。

 そして密偵らしく部屋を出てすぐに、その気配は消えていたのである。





領主代行就任の三日後。


 リサンは、南勢列島最大の島<北島>に上陸した。




~南勢列島~


 東国アルサークから南東に大きな三つの島が南北に並んでいる。リサンの実家のあるキアル領から東に十五キロメートルの位置にあるこの北と中と南の三つの島は南勢列島と呼ばれていた。

 南国ルカロ王国に属するこの三つの島は自治領であり、ルカロ王国から広範な自治権を認められている。




 

 領主代行として自治領主タイヤーと面会したリサンは、タイヤーに案内され、北島の各所を訪問する事になった。


 最初に行ったのは、南勢列島銘産の<発酵塩水干しイカ>工場。

 もの凄い臭いのする『トロリ』とした黄土色の液体に漬けて干されるイカが乾燥室にズラリと並ぶ。


「他国からも、注文が来て大忙しなんですよ」

 嬉しそうに話すタイヤーに、<干しイカ>をお土産にもらい、次の場所に移動する。


 次の場所は<北港>。リサンがこの島に初めて足をつけた場所だ。いつもは賑やかな所だが今の時間は皆漁に出ていて誰もいないと言う。

 岸壁に停泊している。リサンが乗ってきた帆船をながめてから次の場所へ向かう。

 

 次の場所は自治領軍の訓練場であった。その訓練場でリサンは面白い物を見つける。


「あれは何です?」

 指さす方向には、約三十センチの長さしかない短い投槍を持った兵士。それを的に投げるのだが、投げた瞬間火を吹き出し、加速して飛んで行く。


「バスンッ!」

 見事命中。

 リサンは、その珍しい槍に見入る。


「あれですか? あれは私が開発した『自走槍』と言う物です」

 タイヤーが『よく聞いてくれた』とばかりに満開の笑顔で答える。


「自走槍?」

 リサンが確認するようにつぶやくと、タイヤーは自慢するように<自走槍>について説明しはじめた。


 タイヤーの説明によると、自走槍は短い槍の後部に特殊配合した黒炭の粉を固めて紙で巻いて取り付け、投げる手に握り込んだ<自動火打ち石>を操作し、火花を出すことで着火させ、火が付くと、『もの凄い速さで飛んで行く』と言う。


「威力も、手で投げる槍とは比較にならないぐらい強いです」

 胸を張るタイヤー。


「そんなすごい兵器を、私に教えても良いのですか?!」

 一応、念のために確認するリサン。


「もちろん! もともとキアル領に買ってもらおうと思っていた兵器ですから! 代行殿に宣伝するのも作戦の内です」

 タイヤーは、売る気満々だったのである。


(そうであれば、もう少し調べたい)

 そう思ったリサンは、使い方を教えてもらう事にした。


「どうぞ、どうぞ! おい誰か代行様に使い方の説明をするんだ!」

 そうしてタイヤーの命を受けた一人の老人が、リサンの前に現れた。


「レブス・コールと言う。この自走槍の開発者責任者だ」

 そう名乗った老人と、リサンはガッチリと握手した。


 それを満足げに見ていたタイヤーだったが『あっ』と何かに気づき突然慌てはじめた。『やばい南国果樹園の順番をすっ飛ばした!』そう言って訓練場から出て行くタイヤー。

 そして、それを引き留めるレブス。


「おいタイヤー! 代行さんはどうするんだ!」


「すまない。代行殿。あとで迎えに来るので、その間レブスと訓練しといて欲しい!」


 そう言って訓練場を後にした。


「どうしたのだ? タイヤー殿は?」


「ああ、果樹園がどうとか言ってたから果樹園の女帝と約束でもしてたんだろ? すっぽかしたら後が恐いから慌てたのさ。まっ、こっちには関係ないことだ。代行さんよイイか? まずワシが投げて見せるぞ?」


「よろしく願います」


 こうして説明だけのハズだったものが、いつの間にか長時間の訓練となり、リサンの天才的な<自走槍>投擲技術が開花するきっかけになったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る