第32話 賢に倣い将を拾うー4
食堂で、ラクスの参謀を登用してから一週間。
三月も半ばを過ぎ、冬閉めていた山小屋を開く為、リサンは山を登る。
同じ頃、王都南の草原では、新設された王子指揮の強襲隊の、お披露目演習が始まろうとしていた。
「
演習開始前、カビラが自軍を鼓舞するため声をあげた。
「カビラ! 油断するなよ! 木槍とはいえ、まともに喰らったら死ぬからな!」
ラクスこと、オラクスウェル第一王子は、カビラにそう声をかける。
「分かってますよ! それより大将! 兄アトラの事を頼みますよ!」
「まかせろ! ちゃんと私が馬をコントロールするから心配するな!!」
視力が弱いアトラの横に並走し、馬に指示を出す練習を詰んで来たラクスは、自信満々に答える。
「だ、大丈夫でしょうか?」
心配するアトラ。
「大丈夫。万が一の時は離脱すればいいだけだ。これは演習なのだからな」
『問題ないよ』とアトラの肩をたたくラクス。
「しかしそれが原因で、我々の隊に<負け判定>をされたら私がガマンなりません。やはり、私を隊から外して下さい」
身を引こうとするアトラ。しかし、ラクスはそれを許さない。
「何を言っている。軍師が隊を抜けたら隊が道に迷うだろ。隊に残ってもらわねば困る。アトラの指示が無いと私が苦労するのだからな。それに、もうすぐ開戦のドラが鳴る」
ラクスが言うや否や、草原にドラの音が連なって聞こえてくる。
「行け。カビラ!」
「ハイ!」
ラクスの掛け声と共に、先頭のカビラが馬を走らせる。合わせるように他の騎馬も続く。
「ほら! 行くぞアトラ」
「分かりました! 覚悟を決めます!」
そうして事前に決めた通り、敵の<混成部隊>に向かって突撃するラクスたちであった。
「王子強襲隊。我が隊に突っ込んで来ますっ!!」
相手を務めることになったのは、メディラ侯爵の領軍、槍兵・石弓兵混成部隊で数は千五百。
その部隊を実質指揮する参謀長の声に、『ニヤリ』と笑うメディラ侯爵。
「ハン! 最新の戦法を知らぬようだな? 騎馬突撃など古いのだよ! 石弓隊を組み入れた
メディラ侯爵の<ファランクス>隊は、五列(一列二十名)に並んだ兵士達を、五組ずつ三列で長方形に並べる変則方陣の形をとる。
方陣各列の役割は次の通り。
最前列には、<盾槍兵>が片膝を付きながら、短槍と大盾を構えて防御に徹する。その後ろの重装槍兵は、四メートルもの長槍の石突きを地面に刺し、片足で踏み固定して、相手を狙う防御担当の二列目と、その隙間から長槍を突き出し、攻撃を担う三列目にわかれる。そして最後二列には、騎馬隊に狙いをつけ、攻撃に徹する石弓隊が並ぶ。
<ファランクス>の中心的役割を担う重装槍兵二列目、三列目は、槍先を敵に向け、密集した剣山のように騎馬に対する防御陣を素早く構築する。
もし馬が突撃すれば、いくら木槍の先に布が巻かれ保護されていても馬が大ダメージを負う。それを嫌がって馬を減速させた所に、石弓の一斉射をくらわせるのだ。
もし完全に馬が止まれば、二射目三射目を撃って殲滅を狙う。これが
一方の王子隊。
散開していた王子の騎馬隊は、そんな槍の剣山にまったく怯まず、だんだんと密集しながら重装槍兵密集方陣に、速度を上げて突っ込んでいく。
そして槍が交錯した瞬間、何故か重装槍兵達がふっとんだ。
『ガッ』 『ゲハァッ』 『ダァッ』
『グハァ』 『ゲハァッ』
残った石弓隊も、馬にはじき飛ばされ、大混乱に
「な、なぜだ! なぜ騎馬隊の槍が先に当たる!! 長さはこちらの方が長いはずだ!!」
確かに普通騎馬隊の槍は、馬に負担をかけないよう三メートルから四メートルぐらいの槍を使う。馬の背に乗る騎手の槍よりも、密集方陣の槍が先に馬の前面に届くはずである。
「メディラ様! 王子隊はとんでもない長さの槍を使っています!」
「なに?!」
メディラが王子隊を見ると、突き出した長さ六メートルはありそうな槍を持ち上げ脇に抱えて構えなおす所であった。
「チィッ! 長い槍をバレぬよう、石突き側を後方に余らせて隠していたな!」
歯噛みして悔しがるメディラ侯爵。
「しかしあの長さですと、突き出した後の馬の負荷が大きく、すぐに馬が疲れて使い物にならなくなるはずです! 一時間いや三十分我慢すれば逆転できます!」
参謀長が弱点を見抜く。
「確かにそうだが、これは演習だ。時間制限がある。あと二十分ぐらいで効果判定が入るだろう。そうすれば休めてしまうから馬は元気なままだ。こちらはせめて同じ長さの槍が欲しいところだが、今から用意は出来ぬ。今回は負けだ」
サバサバと感想を述べるメディラ。
「くそっ、あんな新人に負けるとは……」
参謀長は悔しそうだ。そんな参謀長をメディラが励ます。
「ホラしっかりせよ! 二回目の効果判定では粘って、物知らぬ奴らに『実践では使えんぞ』と教えてやればいいだけだ!」
メディラの言葉に、決意の表情を見せる参謀長。
しかしその間にも、王子隊はメディラの兵達を分断四散させ、メディラ軍はすでに機能していない。
これでは効果判定一回目にして『完全敗北』と判定され、演習は終了するだろう。
「チッ!」
メディラは悔しそうな顔で、舌打ちをするのだった。
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