第33話 企み

「まあ…そのように上手くいきますでしょうか?」


 ベアトリクスの提案を聞いて赤髪のマルグレーテは半信半疑で可愛らしく首を傾げた。

 可憐そのものの彼女だが、実は芯が強い女性だとベアトリクスは以前より買っている。なぜなら、ベアトリクスに嫌味を言いながらヴァルデマー王子の追っかけをしていた最後の一人だからだ。ベアトリクスはその根性を気に入っていた。


 彼女の兄のクローディアスに至っては額に手を当てて天井を向いている。明らかに後から親友兼上司の王子にひどい文句を言われるのは間違いない案件だった。

 しかし二人は彼女の頼みを断れない理由がある。彼らの家にはベアトリクスに恩があるからだ。


 半年前、海賊にさらわれそうになっていたマルグレーテをベアトリクスが助けた。

 もし彼女が遠乗り中にわずかな異音を聞き取れなかったならば、マルグレーテが海の向こうで奴隷として売られていたのは間違いない。

 その時の恩をまだ返していなかった。


 ちなみにその事件が起こるまでマルグレーテは黒王子の熱烈なファンで、ベアトリクスを女だてらに訓練をする下賤な者だと盛んにこき下ろして周りに吹聴していた。

 本当の事なのでとベアトリクスは面白がっていたが、しかし今は美しくて強いベアトリクスをハリス神よりも熱烈に信奉している。その様子は女神を祀る神殿の女官のようである。


 家でもヴァルデマーの話は全く出てこず、『今日のベアトリクス様はいかがでしたか?』『服装はどのようでしたか?ああ、私もお兄様のように毎日会えたらいいのに!』『ベアトリクス様との次のお茶会はいつでしょうか?お召し物の御色をお揃いにしたいのですが』と毎日のように頬を赤くして兄に聞く始末だ。


(もちろん父は妹が王妃になるのを期待している…しかしマルはベアトリクスを崇拝している。そして何よりヴァルの気持ちだ)


 ベアトリクスの計画は仮面舞踏会を催し、くじで同じ番号を引き合った王子とマルグレーテが躍るというものだ。もちろんやらせで王子とマルグレーテ嬢を引き合わせるのである。目的の為なら手段を選ばないのがベアトリクスだ。


「はい。殿下はダンスがお嫌いなわけではないのです。お優しいので王太子妃であるわたくしへの配慮から他の方を誘うことが出来ないのですわ。しかし仮面舞踏会ならばわたくしに遠慮なくお誘いできるでしょう。その後は二人でお庭をゆっくりお散歩して…くふっ…」


 ベアトリクスが顔を赤く染まった頬を両手で挟んで恥ずかしさに悶えながら首を振った。

 ヴァルデマー王子とマルグレーテ嬢の二人がぺったりとくっついて恋人の語らいをするところを想像していることは明らかだったが、彼女の他の誰一人としてそうなるとはイチミリも思っていない。


「私はどちらかというとベアトリクス様とお話ししたり踊りたいのですが…」


 真摯に希望を述べるマルグレーテ嬢の言葉を受けてベアトリクスは嬉しそうに破顔した。

 マルグレーテ嬢がまだ以前のように王子を狙っているが、自分に気を使っていると思い込んでいるのだ。


「では、お二人の恋が成就しましたらば盛大にお祝いのお茶会をひらいて一日中おしゃべりして踊りましょう!そうですわ、出来たら既成事実を作って頂きたいのです!御子など出来れば殿下もさすがに逃げられませぬ。クローディアス様、殿下のテーブルには強めのお酒をたくさん用意して下さいませ。酔うと気も緩むものですわ。エリクも調子を合わせて下さいませね」


 ベアトリクスを除く3人は仕方なく頷いた。これで成ったとばかりに甘いお菓子を嬉しそうに口に運ぶ笑顔のベアトリクスは、フワフワの背もたれを膝に乗せてぎゅっと抱きしめた一瞬だけ苦い顔をした。




 皆が待ちに待った収穫祭の日となった。

 今年はベアトリクスの発案で仮面舞踏会が夜に開かれる。それぞれが自前の凝った仮面を用意してきたとあって、会場の空気も浮足立っていた。

 その中でも一番浮かれているのが王太子妃であるベアトリクスだ。

 彼女は艶がある鳥の黒い羽の装飾で作られた黒狼の仮面を付けており、プラチナの髪を黒く染め、滅多に着用しないグレーのシフォンドレスを身に着けていた。ベアトリクスを見知っているものであっても、話さなければ一見わからない。


「エリク」


 ベアトリクスは白熊の面を付けたエリクに話しかけた。伯父に年々似てきた熊のような体つきですぐに彼だとわかる。


「お、ベアか。髪黒くしたんだな」


「で、クローディアス様と殿下はどちらかしら?」


「ああ、あっちにいたぜ。ほら、あれだ」


 少し離れたテーブルに海賊の面を付けた黒づくめのヴァルデマーと、白のシンプルな面のクローディアスがいた。

 海賊の面を着けていても背が高くてすらりとした身体に気品が溢れており、周りの女性の注目の的となっている。


「では、マルグレーテ嬢をこちらにお連れしますので、エリクは殿下とマルグレーテ嬢がペアになるよう誘導下さい。カードはお二人が同じものを手に取るように司会者に頼んであります」


「…わかったよ」


 友人を騙すのに気が引けているエリクが人の間を縫ってヴァルデマーのテーブルに近づいていくのを見てから、ベアトリクスは会場でマルグレーテを探した。

 彼女は白いアルルカン道化師の仮面と赤いドレスを着用していると聞いていたが、ベアトリクスはすぐにわかった。腰まである豊かな赤い髪と赤いドレスが見事に似合っていたからだ。


(まあ、なんと華麗な!やはりマルグレーテ嬢はセンスが宜しいですね、王妃になるべきお方ですわ。わたくしの目に狂いはございませんことよ!)


「マルグレーテ様、よくお越しくださいました。今日もとても素敵ですわ!では、殿下のテーブル近くに案内致します」


 ベアトリクスはさっと腕を差し出し、マルグレーテ嬢はそれに自分の腕を絡めた。愛らしさが溢れる小さなマルグレーテ嬢は、凛々しい狼の面を付けた背の高いベアトリクスにリードされて夢見心地で見上げた。


「はい、ありがとうございます…あの、ベアトリクス様はこの会場の誰よりも特別にお綺麗ですっ!」


 真っ赤になりつつなんとか震える声で称賛するが、ベアトリクスはおせじととらえて微笑んだ。


「本日の舞踏会の主役はマルグレーテ嬢、貴女様ですわ。この仮面舞踏会は貴女様の為に催されたと言っても過言ではありません。デーン王国の未来の為、大事を成就して下さいませ!子供が出来なかったわたくしは、来年の今頃にはこちらの国にいないでしょうから…」


 ぼんやりとそうではないかと恐れていたが、ベアトリクスの口から聞いてしまったマルグレーテの仮面の下は真っ青になった。


「そ、そんなぁ…ベアトリクス様は私の憧れなのです。いなくなるなんて嫌ですわ、帰国なさったらもうお会いできないのですか…?」


「離縁してもデーン王国は大事な隣国であり同盟国ですわ。クリストファ陛下はすでにわたくしの大事なお義父様となっておりますし、頻繁にこちらに訪れるつもりです。殿下もお兄様のような存在です。そしてマルグレーテ様が皇太子妃になられましたら、今後とも頻繁にお会いでき、より良きお友達になれるでしょう。わたくし、そんな素敵な未来を望んでおりますのよ」

 

 ショックで泣きそうなマルグレーテは、ベアトリクスの艶やかに笑った姿を見て心を決めた。彼女と父母、兄の期待を受けてたつと。


「わかりましたっ!私、頑張りますっ!!」


「そうそう、その意気です!皆が応援しておりますわ」


 マルグレーテ嬢は力強く宣言した。

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