第3話 デーン王国

「ふわぁ、なんて綺麗なお城…!武骨なカルマル城とは似ても似つかないですわ」


 ベアトリクスは住み慣れたカルマル城を出、海路でデーン王国の首都に到着した。

 伯父にプロポーズを断られたが、契約結婚を利用して落とそうとする心意気はなかなか執念深いものである。しかし本人は至ってアッサリ系のつもりだ。


好きな人伯父様と結婚する前に、公女として最大限スタツホルメン公国の役に立ってやりますわ!しかし伯父様ったらわたくしの申し出を断ったのに後悔するそぶりが少しもないなんてっ。3年後に美しくなったわたくしを見て後悔させてあげますわ!そのときは焦らして焦らして、わたくしの気持ちがすっきりしたら「そこまで言うなら、まあ仕方ないですわねぇ」なんて言って許して差しあげるのよ…ふふふ、楽しみで頬が緩んじゃう!跪づかせて手にキス…きゃあ、伯父様ったら赤毛の熊のくせに可愛いですわっ!)


 ニヤニヤ妄想するベアトリクスとその一行は、デーン王国の首都である港町のケブンハウンに上陸して馬車でフレデリクスボー城に入った。

 ケブンハウンは『商人の都』という意味で、300年程前から漁民が住み着いていたが、海路の要所として栄えていくうちに人が集まりデーン王国の首都となった。

 王族が住むフレデリクスボー城はロの字形で中央が広場となっており、真ん中につんとそびえたつ青銅屋根の塔が印象的だ。城は赤いレンガと青い青銅の屋根、白い石造りの装飾が絶妙に溶け合って優美さを醸し出している。

 カルマル城と同じ城といっても、こちらは防衛の拠点ではなく優美な王の住む居城だ。


(都市の防衛が整っているのね)


 ベアトリクスは国力の差にため息が出た。


 ハリス教を国教と制定してからというもの飛ぶ鳥を落とす勢いのデーン王国と、生活に密着した原始宗教を信じるスタツホルメン公国は発展に多大な差が出ている。かといってやみくもに発展すればいいわけではないと彼女は理解していた。



 フレデリクスボー城に入り、城の天井や壁の華美な宗教的装飾を見る公女の一行からはため息が漏れた。

 同行している者達は見惚れつつも悔しまぎれに毒を吐いた。公国の人間はハリス教をうさんくさく思っており、エリクなどは『貧者の麻薬』とまで言い放つ。


「フン、これみよがしで俺は嫌だ。その金も無知な貧乏人から搾り取るくせに」


「まあ的を得ていますが抑えなさいませ。負け犬の遠吠えに聞こえてしまいますわよ。字が読めない者たちに絵で教議を理解させ、厳かできらびやかな装置で圧倒して信者にするのです。貧困にあえぐ者は華美な物に惹かれます。これは信仰を広げる戦略ね。国民は一日中牛馬みたいに働き詰めでも信仰の為に文句も言わず献金と納税をするのだから」


 ベアトリクスはいとこを窘めた。愛する公国はこの宗教に侵攻されてはならない。

 父と2年前にこの国を共に訪問した際、ベアトリクス自身が教会やデーン王国の発展に圧倒された。その経験から、帰国してハリス教のを熱心に学んでいた。


 年下のベアトリクスに諭されてエリクは気を悪くするかと思いきや、


「…そうだな、俺は勉強不足だから頑張るよ。叔父さんには反対されたけど、やっぱりおまえとここにきて良かった」


と甘い声をベアトリクスに向けた。


『公主になった俺の隣にお前がいたら最高なんだけど』と言わんばかりの彼の様子を見、エリクの隣にいた一番の友人オーラヴは複雑な笑みを浮かべた。

 

(…可哀そうに、全く相手にされていないな。でも憎めな奴だし、きっと皆が支えることでいい公主となるだろう。その隣にベアトリクス様がいたら申し分ない。この隣国との縁談は本当に公国の為になるのか…?公国の者は皆エリクとベアトリクス様が一緒になって国を治めるものだと思っていたし…)


「あら、お父様ったら反対していたの?それは初耳ですわ…伯父様は賛成」


 振られてからも伯父ばかり見つめていたベアトリクスは、全く眼中になかった可哀そうな父親を思い浮かべた。


「うっ…で、でも最終的には賛成してくれたしな」


 エリクはベアトリクスに追い返されないよう慌てて言い訳した。そんな友人の気分を上げようと、


「なあ、エリク。見ろよ、美しい女がいっぱいいるぞ。俺たちを喰いたそうにじろじろ見てる。ここではいい思いができそうだな」


とオーラヴは小声で話しかけたが、


「ああ…そうだな」


と微妙な相槌を打つエリクの目は、前を颯爽と歩く美しいベアトリクスに釘付けだ。


(はあ…エリクのやつモテるくせに狼公女を好きだなんて残念な奴だ。俺だってベアトリクス様には頭も剣も勝てる気がしない。できたら二人をくっつけてやりたかったけど…理想がホルムイェル様だなんて、どう見ても無理ゲーだろ。それにここの王子と結婚すんだぞ?早く諦めさせてやんねーと気の毒過ぎる…)


 城内ではきらびやかな着物と宝石をまとった白い顔の男性貴族と僧たちが、練り歩く公国の逞しい騎士を忌々しそうに睨んでいる。女性たちの視線を強奪している凛々しく勇猛そうな彼らに嫉妬してるものや、異教徒を歓迎しない視線をよこすものなど多様だ。


 ほとんどの公国民が古から続く宗教行事を続けているが、じわじわハリス教徒が増えつつあることにベアトリクスとエリクは苦い思いを抱いていた。

 公国ではハリス教徒が裏で糸を引いた独立過激派の反乱が何度かあり、ベアトリクスとエリクの母親やたくさんの穏健派貴族が亡くなっていた。ハリス教徒達は自分達の強い思想を心おだやかに過ごす公国の民に浸透させて、暴力で他者を排除しようとしている。

 そんな過去があり、ヤール家の者はハリス教に言いようがない嫌悪感を抱いていた。

 また、ベアトリクスはハリス教を持ち込むことによる富の偏在をも恐れていた。デーン王国がまさにそうで、繁栄の恩恵は一部にしか行き渡っていない様に感じる。識字率もスタツホルメン公国よりずいぶん低いと聞いていた。ハリス教は文盲は文盲のまま労働力だけを搾取し、貧乏なものをより貧乏にし、権力と金を大陸の教会本部に集める手段としている。

 今のスタツホルメン公国では皆がそれほど富んではいないが、ひどい偏りもないので比較的平等で平和だ。その平和を守る為になら他国を退ける戦いも辞さない強さがある。普段は温厚だが、公国のすべての民はいつでも戦える準備を怠っていない。


「しかし、この城はやたら広いな…」


 エリクがぼやいたとたん世界がぱあっと明るくなり、彼らは中央の広場にでた。あのバカでかい塔が立っている中庭だ。そこで彼らを待っていたのはデーン王国のでっぷり太った国王、クリストファだった。

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