最終話 新世界

 海に囲まれた水城、カルマル城の大広間では新年に向けての会議の名を借りた宴会が始まっていた。

 始めはベアトリクスとヴァルデマーとクローディアスとホルムイェルとエリク、オーラヴだけだったのが、誰が呼んだのか男女問わず人数が増えていく一方だ。

 あまりに騒々しくて寝ていられなかったのか病人である公主ビルイェル・ヤールまでが起きて酔っぱらっているのをヴァルデマーが見つけた時はめまいがした。


(病人に酒を飲ますなどめちゃくちゃだな!これはベアトリクスがデーンに慣れるのも大変だったろう…俺は全く彼女に気を使ってやれていない。夫失格だ!)


 ベアトリクスのこれまでの、そしてこれからの苦労を思ってヴァルデマーはそれまでにないほど飲んだ。クローディアスも友人の恋の成就にほっとしたのか珍しく飲んでいる。



「あのおっ、俺は絶対にベアトリクスを大事にしますので、彼女を俺から取り上げないで頂きたいっ!ぞでばごばるのでず!!」

「ちょ、ちょっと…ヴァルデマー殿下、酔ってますわね!氷の王子様でしょう、しゃきっとなさって下さいませ…」


 頼りにしているクローディアスは潰れて寝ている。主従供に酒に弱いようだ。

 酔ってホルムイェルやビルイェルに絡んでいくヴァルデマーを見たベアトリクスは大きくため息をついた。ホルムイェル達は笑いをかみ殺してニヤニヤしてベアトリクスを見るので、彼女は頬を真っ赤にして照れてしまった。

 そしてヴァルデマーをよっこいしょと肩に担ぎ、「もう部屋に戻りますわ。皆様、お休みなさいませ」と言って騒々しい宴会場となり果てた居間から出た。

 そんなベアトリクスにヴァルデマーは小さく聞いた。

 

「ベア…酒に強いのだな」

「ふふふ、わたくしこう見えて飲めませんのよ。母もとても弱かったのです」


 ベアトリクスは戦いには強いが酒には弱いのだ。飲むと戦闘不能となる為、滅多に飲まない。結婚式でも口に当てるだけだった。


「そうか…俺は情けないところを見せて…」

「よいではないですか、夫婦となるのでしょう?」


 ヴァルデマーは肩に担がれながら一気に目が覚めた。


「よいのか?本当に…デーンの王妃となってくれる、と?」

「そうですね、殿下の刺されてもいいという覚悟を頂きましたので、わたくしも殿下と共に生きる覚悟を致しましたわ。これからもよろしくお願い致します」


「ありがとう…ベア…」

「わたくしも殿下を同じくらい…大好きなのですわ。殿下に嫌われていないだけでなく好かれていたなんて考えたことがなかったので…あら、殿下…?嫌ですわ、寝ていますのね…もう二度と告白してあげませんことよ」


 ベアトリクスは彼女の部屋の寝台にヴァルデマーをゆっくりと寝かせて寝具をかけた。初めて会った時に比べてずいぶんと身幅が増えてがっちりとしている。


「殿下…綺麗なお顔をしている上に、陛下を助けて良く国を治め、日々の鍛錬を欠かさずこのように立派になられて…」


 彼女は彼を起こさないようにこっそりと彼の隣に滑り込み、彼の身体に手をまわした。ヴァルデマーの大きさと温かさに安心し、父親や母親と寝ていた小さな頃を思い出した。

 誰かと共に眠るなんて久しぶりだった。

 


 

 翌朝二人が起き出すと、すでに会議の行方は決まっていた。公主は兄の押しに負けたようでエリクにすまさなそうにしている。しかし当のベアトリクスは知らないところで自分に決まっていたことに反対した。


「なんでわたくしが…エリクがなればいいのではないですか?その上わたくしに聞きもしないで決めるなんて!」

「俺は戦闘向きじゃないんだよ!公国ではおまえの人気が今もダントツだしな」


 明らかに重責から解放されてほっとしているエリクをベアトリクスは睨んだ。殺気がナイフのように首筋をかすめて「ひゃっ」とエリクは情けない声を上げてオーラヴの後ろに隠れたので思わずヴァルデマーとエリクの義兄となるクローディアスは笑ってしまった。


(このざまをマルグレーテ嬢に見せてやりたいものだ)


「まあいいではないか。ベアは公国を愛しているから放っておけないであろう?それならば俺と一緒に両国を治めるのが一番いい」


 昨夜の会議と言う名の宴会でこんなことになるだろうと思っていたヴァルデマーは、諦めたようにベアトリクスに告げた。


「…では、一緒にルーシに行ってくださいますか?」


 ヴァルデマーは苦い顔をしてから、ぷっと噴き出した。危険だが一緒に行くというのが気に入った。それに危険を恐れては何一つ手に入らない。


「そなたからそのように誘われたら断れぬ。どうせ一人でも行くつもりだろう?」

「もちろんですわ!キタイの火薬なるものを必ず手に入れてみせます!!」




 新年を迎えてスタツホルメン公国のエリクとデーン王国の貴族の子女であるマルグレーテの婚約が発表された。それに合わせてスタツホルメン公国では外国に嫁いだベアトリクスが次期公主となる発表がされた。ベアトリクスはデーンにいるままで、エリクがスタツホルメン公国にて代理で公主を務めるのだ。

 将来は夫婦でデーン王国とスタツホルメン公国を治めることとなった。



 ベアトリクスとヴァルデマー夫妻は雪解けを迎えた春、ルーシへ訪れた。そして手に入れた火薬の原料と同じものを大陸南部の不毛地帯の洞窟などで発見した。その土地を買い取り採掘し、それを本国に輸入して大量に開発・加工・販売するようになった。

 二人の意向から領地を必要以上に増やすことなく火薬の製造と販売を独占したデーン・スタツホルメン連合国は、度重なる戦争の中でも侵攻されることなく中立の立場を保ち、その後500年にも及ぶ繁栄と安定を享受した。それを支えたのは国民の高い教育水準と質素を美徳とするハリス教の一派であるデーン国教会の教えだった。

 世情に合わせて王政が廃止になった折、爆薬製造から発展した技術を元手に株式会社が設立され、王族の子孫は現在も両国民の自立自尊を陰から守っている。













『神はわれわれにそれぞれが異なりながらも、互いに共生することを学ぶよう命じられた』

~クルアーン~

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