第23話 海賊狩り
「さ、出発ですわっ!」
動き始めた船上で血気盛んに言い放ったベアトリクスだが、一部の者の顔色は悪い。エリクとクローディアスだ。
「おいおい、この船…最新の武装船じゃねーか!」
エリクが赤を通り越して青い顔をしている。天気が良く見通しがいいので海賊にいつ狙われるかわからないのも心配だが、明らかにやる気しかない船だ。
海路は山路と違って隠れるところがない。その分見つけられたらどこまでも追いかけられる。
「その通りですわっ!最新のヤール家の武装船でしたらあっという間に目的地に着きます。軽量化と重心の改良具合を確認したいとずっと思っていましたのよ。この船ならデーン王国にも早く帰れますし一石三鳥ですわっ」
得意げなベアトリクスだ。
実は遠距離対応の武装船の改良には彼女の意見が多分に入っていたが、完成を待たずにデーンに輿入れしたので心残りであった。それが今回運よく確かめられるあってテンションはマックスを突き破っている。
海賊船より一回り以上大きく作られているが、層は2階でマストもあまり太くないものが2本あるだけだ。機動力の高い海賊と戦うには速さが重要となるので軽量化した。海賊の船に横付けして乗り込む際も背の高い方が有利だ。また、船首に体当たり用の衝角という固定武装を水面下に備え付けた。これで敵の船の側面に穴をあけて破壊、水没させる。
「これからは海軍がわが公国の命運を担うのです!」
それが狼公女の主張だ。
実際彼女は15の年から武装船で外海に出て海賊を撃退したり、陸続きの氷の大国・ルーシとの間の内海の制海権を握るよう画策してルーシが外海に出られない様にしていた。
スタツホルメン公国の東に位置するルーシは内部情報があまり伝わってこない大国で、混乱期になるとスタツホルメン公国に援助を求めてくる。大国の中で分裂したりまとまったりとあまり組織立っておらず、意味もなく突然の攻撃を仕掛けてくることもあるので、ベアトリクス達公国民にとって不吉な存在だ。
非常に広い国土を持ちながらも冬になると土地の三分の二と、港までも凍って使用できないので常に海に出ようと画策している。攻め込むときは人命を軽視する人海戦術を多用し、その支配は激烈を極める。
「ルーシ人の言う事は1割も信じられない」というのがスタツホルメン公国民の認識だ。「家畜を𠮟りつけるような言葉は聞くに堪えない」と気の荒いスタツホルメン公国の兵士が言うくらいで、話し方も粗暴そのものだ。
しかしいくら価値観が違うからといっても隣国であり、付き合わないわけにはいかない。
困ったら助け、なめられず、でも威圧感を与え過ぎない
そんな微妙な距離感を長年保ってきたが、ルーシと近年友好国となった東の新興国・キタイの先進的武器でバランスが崩されようとしていた。聞くところによると特殊な粉を固めて火で爆発させる『火薬』だ。
ベアトリクスの持つウルフバートも先進国である東方世界からもたらされた。西方には全くわからない材質・工法なのだ。
この時代、すべての文化的情報・先進技術は豊かな東方で生み出されている。東方には古くから紙の記録がふんだんにあり、西の古代の情報はぐるりと回って東から再度もたらされることも多い。哲学や天文学や数学、医学と多岐にわたる東方の先進的文明に触れるにつれてベアトリクスの東方へのあこがれが強くなっていった。
ベアトリクスの住む大陸の北西部は不毛の地が多いので国が富まない。
スタツホルメン公国に伝わる伝説によると、大陸の北西側は太古の昔には長い間氷に覆われていたとある。ベアトリクスはそのせいで西と東の土地の豊かさの差が出来たのではないかと思っている。凍土によって緑がなかった土地に養分はなく、収穫が少ない。
しかし、技術革新があれば世界情勢の地殻変動が起こりうるのだ。
ベアトリクスが今一番興味があるのは未知の国であるキタイだが、とりあえずはルーシを訪れたいと思っている。東方の先進的武器がもたらされているのなら是非とも見てみたかった。
「さぁ、殿下!いよいよ海賊狩り…いや、違いました、小旅行ですわ!」
思わず本音が出たベアトリクスを前にヴァルデマーはくすりと笑った。王子が彼女の前で笑うのは初めてでベアトリクスは目を奪われた。爽やか満点のオーロフ王子とは違う艶やかな笑みにめまいと動悸を感じつつも、
「では殿下とクローディアス様、ついでにエリクも船の目立つ場所にいて下さいましね」
とにこやかに3人に勧め、自分は目立たない場所に座り込んだ。もちろん連れてきた兵士たちは船倉で待機だ。
「…これはもしや…」
「うむ…俺たちは釣り餌なのであろう」
見ると、舟の上には漕ぎ手とあきらかに品のある3人しかおらず、戦旗も立てていないからお気楽貴族の船遊びにしか見えない。出航してすぐに勘のいい王子たちは自分たちがおとりとなっていることに気が付いていた。
「おい、ベア!さすがに…」
エリクが文句を言おうとしたら、遠見の兵士が叫んだ。
「ベアトリクス様っ、海賊ですっ!こちらにすごい速さで向かってます!!あの旗は…
名を聞いて船倉が異常にざわついた。
「な、なんだ!もしや強力な海賊なのか?」
王子の身を案じるクローディアスがエリクに聞くと、彼は困った熊のように栗色の髪をボリボリと掻いた。
「うっ…バルバロッサは男色家でして、美しい若い男を集めて自分で楽しんでから東方に売ることで有名なのです。だから女戦士である公女のことをことさら嫌っております。きっとベアはやつに海上で会う予感がしていたのでヤール家の旗を掲げなかったのでしょう。殿下とクローディアス様は船倉にお隠れ下さい」
バルバロッサが狼公女の敵ではない様子にクローディアスはほっと一安心し、王子を船倉に誘った。しかし王子は頑として首を縦にふらない。もちろんベアトリクスの事が心配なのと、弱いところを見せたくなかったからだ。
「殿下、ご安心下さいませ。バルバロッサなら今まで何度も撃退しております。あやつら間違いなく油断しておりますので、この新艦の性能テストをかの船で致しましょう。今日こそバルバロッサの首を父に進呈できるかもしれません、ふふふ」
ベアトリクスは鎧を装着しながら軽やかに話しかけ、念のための武具を丸腰の三人に渡すよう兵に指示した。
朱色の鎧と兜を着た狼公女は今にも敵に飛びかかりそうなほど生命力にあふれており、王子とクローディアスは見惚れている。バルバロッサに捕まって奴隷となり、東方の王国の宮廷にでも売られてしまうかもしれないこともすっかり頭から離れていた。
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