第12話 愛したいし愛されたい17歳

(話す?母を侮辱したことを謝って下さったので少し見直しましたが、彼が美しくて無口以外の情報がないので何を話したらいいやら…)


 ベアトリクスは話すことがないのでヴァルデマーの出方を待った。間が持たない彼女はベッドのそばの燈台に火を入れた。

 彼のいつもの美しい仏頂面がほんのり浮かび上ったが、相変わらずうんともすんとも言わない。

 短気でしびれをきらした彼女は、


「殿下の大切なものは何でしょうか」


と聞いてみた。


 彼女の宝物は常に携帯しているウルフバート短剣だ。伯父から贈られたもので、すでに彼女の分身といえる。

 しかしベアトリクスの問いに彼は俯いて黙り込んだ。


(…?不躾にわたくしから質問したから怒ってるのでしょうか)


 すでに疲れそうな雰囲気に嫌気がさした彼女は、


「つまらない質問をして申し訳ございません。やはりわたくしはあちらで警護に付かせて頂きます」


と言って寝台から降りようとした。


「待て。俺の大切なものは…これだ」


 彼は首にかけていた金製のチェーンネックレスを外してベアトリクスに丁寧に渡した。灯かりの下で見ると金のペンダントはロケットになっている。表には一重のバラが彫刻してあり、おしべの部分に小ぶりのパールが埋め込まれてた瀟洒なものだ。


「綺麗…」


 男性が持つには意外なものであったが、ベアトリクスは素直に褒めた。ロケットの中身は恋人の絵姿かもしれず、そっと手のひらに包んでヴァルデマーに返却した。

 彼はそれを受け取りながらぶっきらぼうに説明をした。


「俺が10歳の時に亡くなった母の遺品だ。敬虔なハリス教徒だった」


 その言い方には何か複雑なものが含まれていた。そしてペンダントを開けて緻密に描かれた小さな肖像画をベアトリクスに見せた。

 にじり寄って一礼したベアトリクスが視線を落とすと、線の細い美しい女性が書かれていた。

 ハリス教徒に国が乗っ取られるのを恐れた臣下によって王妃が毒殺された、という噂を彼女は思い出した。エリクたちはなった女性たちから情報収集している。


「美しい方ですね…殿下と似ておられる。きっとお優しい方だったのでしょう」


「そうだな、母が怒ったところを見たことがない。父は忙しくしていたしいろいろ我慢していたのだろう…」


「怒っていないからって我慢してたとは限りません。それに殿下のような自慢の息子がいて幸せだったのではないでしょうか」


 ベアトリクスがそう言うと、ヴァルデマーは伺うように彼女の顔を覗き込んだ。


「…ベアトリクスは俺の父には遠慮なく言うが、俺の無礼には怒らなかった。そなたも我慢しているのではないか?」


 失礼な黒王子らしくない愁傷な様子に、ベアトリクスは困惑した。


(顔がいいだけだと思っていましたが、一応気遣いも出来るのですね)


「そうですね、眠いのだけは我慢しております。なかなか夜型生活に慣れませんので。しかし昼寝も頂いておりますし無理はしておりませんからご安心下さい」


奴らの様子からしてこの生活もあと7日程。今夜はさすがに襲ってこなさそうだが、明後日あたりから気合を入れて昼間にたっぷり寝ておかないと…そうだ、わたくしが病気とでも噂を流して部屋に籠れば…)


 彼女が黙り込んで色々検討していると、ヴァルデマーの顔がゆがんでいることに気が付いた。


「どうされましたか?」


「…いや、何でもない。ベアトリクスの大切なのものはなんだ?」


「こちらですわ」


 彼女は太ももに装着したホルダーからウルフバートを素早く取り出し、持ち手の部分を彼に渡した。あまりの速技にヴァルデマーは身体の芯からぞくっとした。今まで彼女が自分を殺そうと思えばすぐさま殺せたのだとふいに気が付いた。

 そして今ならその短剣で彼は彼女を殺すことも。


(信用しているのだな。それは多分父であって俺ではなさそうだが…)


「ほう…見たことのない形状だな」


 手に取って見ると、刃は両刃ですらっとしているのに木製の柄の部分が不自然に凸凹している。しかしきつく握ると意外にしっくりくるのが不思議だった。今までの所有者が柄を握り込んで変形してきたのか、元々そのような形だったのか。


「はい、非常に硬質の珍しい武器です。全く刃こぼれもせず、硬さはどんな刀にも負けませぬ。海賊が宝として持っていたそうで、伯父が討伐で奪いました。これはわたくしが7歳の時に…」


(母の事は言わないほうがいいですわね…身分が低いことを気にしていましたし)


 彼女は母や叔母、祖父が一度に殺されたのをきっかけで伯父がウルフバートをくれたことを言わないことにした。


「伯父から頂きました。この刀に相応しい者となる為には毎日鍛錬を欠かせません」


「そうか…早朝から熱心に鍛錬しているのを見かけるが、そういうことだったのだな」

  

 そう言ってヴァルデマーはウルフバートを彼女に返した。


(朝錬を見ていらした…?ということは、わたくしがデーン王国の貴族の娘とは全く違うとご存じなのね)


「殿下はわたくしのような下賤な者が仮にでも妃となっているのを恥じていますか?」


 真顔で彼女が訊ねたので彼は咳き込んだ。


「げほっ、グッ…」


「だ、大丈夫ですか?」


 彼女は寝台の側の棚に用意してある水入れからコップに少し注いで渡した。


「こちらを…」


「助かる…」


 彼が一気に水を飲み干し、はあ、と息を吐いた。


(図星ね…そりゃあ狼公女と言われる乱暴者を妻にして喜ぶわけない。伯父様ならきっと違う…)


 暗殺計画騒ぎで忙しくしていて大好きな伯父の事を久しぶりに思い出した。彼ならこんな自分でも受けとめてくれるだろう。17歳のベアトリクス、愛したいけど愛されたいのだ。

 二十歳になってゴージャスになったベアトリクスが公国に帰り、目が覚めた伯父に熱烈なプロポーズをされる…そんな妄想が彼女の頭に浮かぶ。隠そうとしたが思わず口角が上がった。


「もう遅いです、今夜はお休みくださいませ」


 ベアトリクスが王子から空いたコップを受け取ると、彼は「そうだな、ありがとう」と小さく礼を言った。


 少し距離が縮められたと胸を熱くしたヴァルデマーは、小さな成功を次につなげる心意気で遅い就寝についた。そんな幸せな王子の気持ちも知らず寝ずの警護をしているベアトリクスは、暗殺者たちの侵入経路と対策を検討していた。

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