第16話 里帰り
「そうなのです、怪我で静養してまいります。1か月程の予定ですわ。オーロフ殿下とヒウィル司教様にしばらくお会いできず寂しいですが…」
ハリス教の過激派が一掃されたのでヴァルデマーの命の危険が大幅に減った。そのご褒美として里帰りするのだ。
ベアトリクスは契約結婚期間の短縮を王に進言したが、両国の外聞の為に最低3年はと引き留められたなどと目の前の善良な二人には言えない。
彼らは彼女が3年契約の傭兵として嫁いで来たなんてひとかけらも思っていない。
白王子オーロフはのんきに答えた。
「お怪我もされて不安だったでしょう。ごゆっくり静養なさって下さい」
ヒウィル司教は神妙な顔で「お気をつけていってらっしゃいませ、ベアトリクス様。お帰りをお待ちしております」とベアトリクスに告げた。
彼はデーン王国の教会聖職者の不始末の責任取る為司教の座を返上しようとしたが、王が拒否した。事件を起こした者達とヒウィル司教は派閥が違っていたことと、彼が権力に関心がない事を知っていたからだ。
ヒウィル司教が引責して代わりに赴任した司教が政治介入すると面倒である。他国ではハリス教の本部や教会が政治権力の代行機関になり強大な権力を持ちつつあった。クリストファ王は教団の支配的傾向に危機感を持っているが、ハリス教信者でもある。
自主的に教会の領地を一部返上したのだが、ヒウィル司教は怪我を負ったベアトリクスにも申し訳なく思っているのは明らかだった。
ベアトリクスは怪我が自分の不注意のせいだと思っていたし、ヴァルデマー王子のようにハリス教に否定的な気持ちになれなかった。どのような神に対してであろうが自然に対してであろうが、何かに
「わたくし帰ってきましたら司教様に協力して欲しい事があります。この国の貧困者対策に何かしたいのです」
ヒウィル司教は意外な提案に驚いたようだが、教え子からのさりげない助け舟だと気が付いて微笑んだ。彼女なりに司教の立場を気遣っているのだ。
「オーロフ殿下!お忙しいところ恐縮ですが、ベアトリクス様の件でお知恵をお貸し頂けませんでしょうか?」
クローディアスはベアトリクスと仲の良いオーロフに相談した。もちろん親友、ヴァルデマーの為だ。
オーロフはその内容を聞いてすぐさま快諾した。
「もちろんです!ベアが怪我をしてからふさぎ込んでいるように見えたので密かに心配しておりました。いくら快活でも女性なのですから、きっと酷く怖い思いをしたのでしょう…」
(いや、ベアトリクス様は怖がる玉ではないだろ…純粋培養のオーロフ様の女性観が透けて見えるな。女性不信のヴァルと混ぜ合わせて二つに割ったら平均になりそうだ…)
「お願い致します」
「そうですねぇ…」
しばらくオーロフは考えてから、はっと思い出した。
「先日ご本人の口からお聞きしたのですが…ベアトリクス様はこの国にいらした時にご覧になった王都の孤児や貧困を大層気になさっております。『デーン王国は富んでいるのに公国より貧富の差が激しいのですね』とこぼし、ヒウィル司教様に貧困者支援のご相談をしておりました。何かお考えがあるようなので、きっとお帰りになると思いますよ」
「なるほど…ベアトリクス様らしい。ではヴァルデマー殿下に安心するよう伝えます」
クローディアスはほっとしてオーロフにお礼を言った。
(彼女は一度口に出したことを違えるようなことはないだろう。これでヴァルも落ち着く…)
苦労性のクローディアスはその足で友人である王子に安心するよう報告しようと思ったが、念の為に本人からも話を聞くことにした。それくらい事件後のベアトリクスは元気がないのだ。
「嫌ですわ、クローディアス様。もちろん帰って参ります。滞在は1か月程でしょうか、父も怪我を心配しているようなので顔を見せて安心させてきますわね。大した傷ではないので伯父には『王太子妃がそんなくらいの傷で帰ってくるな』とか笑って言われそうですが」
「ベアトリクス様の伯父上は厳しいのですね。さすが公国一の英雄と呼ばれるお方だ」
「そうなのです」
(姪の傷にも容赦ないとは…さすがベアトリクス様の伯父上は有名な戦士だけある)
ベアトリクスは神とあがめる程大好きな伯父の話なのにあまりうきうきせず、前のように早く帰国して伯父に会いたいと思っていない自分が不思議だった。もう再度結婚を迫る気もなかった。エリクに言われて王に契約期間の短縮を申し込んだが、断られてほっとしたのもおかしかった。
「夏祭りが終わったら帰ってきますね」
大好きなお祭りを思って笑顔を初めて浮かべたベアトリクスにクローディアスは安心した。
「王子もお帰りをお待ちしておりますので、出来るだけ早く帰って来て下さい。絶対ですよ!」
彼が親友の為にしつこく頼んだにも関わらず、里帰りしたベアトリクスは2か月過ぎてもデーンに帰ってこなかった。
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