第25話 鉄槌と角
「なんと不思議な景色だ…山々はなぜあのような形をしているのか」
ヴァルデマーが北の鋭角な山々を見てベアトリクスに疑問を投げた。
「奇妙でございますね。わたくしどもの伝説では神々同士で争ったせいであのような形になったと言われております。ほら、あの山と山の間はトール神の鉄槌でえぐられたように見えますでしょう?」
ベアトリクスが王子に少し寄り添って指さすと、王子もそちらを向いた。二人が同じ方角を向いている、それだけでヴァルデマーは心が浮き立った。
「たしかに神の放った鉄槌の名残りのように見えてきたぞ。なかなか面白いものだな」
「そう言って頂けるとお連れしたかいがあります。実はわたくしの思い付きでこんな辺鄙な場所に連れてきてしまい、殿下が楽しめないかと…」
珍しく歯切れ悪い彼女を横にして、ヴァルデマーはドキドキした。もちろん顔を正面からなど見られるはずもない。
(周りや俺が思っているほど彼女は完璧な人間ではないのだ。まだ17歳なのだからな…)
「いや、おかげですばらしい景色と旅行を堪能している。しかし、そんな風にベアトリクスも思うのだな。初めて出会ったときから随分と大人だと感じていたが、年相応なそなたもいい、と思う」
「…初めて、と言いますと、結婚式の…?」
「いや、俺の17歳のパーティ会場だ。あの時すでに堂々とした戦士の風格で驚いた。このような15歳もいるのだと…心底しびれたのだ」
「殿下はお優しい。そのようにわたくしになどお気を使われなくても…」
「違うっ!」
思わず大きな声が出てしまい、ヴァルデマーは身体を少し折って赤くなった顔を両手で覆った。これほど恥ずかしいのは生まれて初めてだった。
「どうされました、殿下?」
心配そうに身体をかがめてベアトリクスが聞いたが、彼は頭を横に振った。調子が悪いのかとおろおろしていると、王子は落ち着いたいつもの冷静な顔に戻り彼女に向き合って正面から顔を見た。あまり真正面から見られたことがないベアトリクスは一歩後ろに下がったが、王子の手が伸びて彼女の手首を掴んだ。
「わ、わたくし何かお気に召さないことを申し上げましたか…?」
「違うと言っている。俺はそなたを『いい』と本当に思っているのだ」
「はあ…それは嬉しい…です…?」
「わかってくれたなら、いい」
ヴァルデマーはぱっと手を離し、湖から少し離れた岩影にいた野生のグラウスの雛たちを見つけた。ベアトリクスも彼に歩み寄って覗き込んだ。
「この子たち人が近寄っても平気なのですね、ふふふ。警戒心がないのかしら?」
「そのようだな…」
王子が指先で淡いグレー羽を触ってみたが、全く平気らしくうんともすんとも言わない。調子に乗った王子は手に乗せてみたが、大人しくぽすんと掌に収まっている。
「これで生きていけるのか?却って心配になるな」
王子は笑って元の砂地にそっと戻した。寒いのか5匹が固まっているので大きなひとつの羽毛がうごめいているように見える。
「まあ、可愛いっ!フワフワですわっ!!」
にこにこと嬉しそうな公女を前にしてヴァルデマーが珍しく軽口を叩いた。
「狼公女ならば美味しそうだと言いそうだが」
口の端を上げて意地悪を言う王子に公女はほっとした。そして王子が公国に来て共に行動したおかげで以前より格段に話しやすくなっていることに気が付いた。
それは彼に恋する公女にとっては嬉しい反面切なかった。
「ベアトリクス、これは何だ?」
彼女がぼんやりしていると、ヴァルデマーは砂地に落ちていた白い骨のようなものの側にいた。
「トナカイの角です。きっとここの湖に喉を潤して死んだのでしょう。朽ちて角だけがここに残ったのだと思いますわ」
「そうか…」
ベアトリクスがそれを持ち上げると、複雑な形に伸びた角は見た目よりずっしりと重い。
「こちらが頭に生えていたなんて、ずいぶんと重かったでしょうね。死んだら軽くなってほっとしたかもしれません…」
いつもは公国の責任を自らのものと納得しているベアトリクスだか、たまらないと思う時もある。父が公主一族でなかったら母も普通に生きられただろうし、このように相手に歓迎されない結婚ではなく、好きな人と共に生きられただろう。
「重さに苦しむ為に生きるのかしら…」
ベアトリクスがぼそりと呟いた瞬間、ヴァルデマーは骨を奪い取った。
「なんだ、軽いではないか。これくらいで重いなどと言うなんてらしくないぞ。俺が知っているそなたは生の重荷を苦痛に思わない!そうではないか?」
王子がベアトリクスに突進する勢いで一歩を踏み出した。彼女はあまりの近さにおののいて後ろにのけぞり、足を踏みはずして湖に流れ込む小川に落ちそうになった。
「ひゃっ!」「危ない!」
気が付くと助けようとしたヴァルデマーとベアトリクスは二人で川底にしりもちをついていた。秋とはいえ清水は凍えるほど冷たい。
「これはそなたのせいだぞ!」
「何を言っているのですか、殿下らしくないことを言って驚かすからですわっ!」
「俺はいつもこんな風だ」
「いえ、違います、いつもいないのかと思うほど静かでいらっしゃいます」
昼食の準備が出来たので二人を呼びに来たクローディアスは、子供のように言い合いをする二人を発見して微笑んだ。まるで恋人同士のようだ。
報告を受けたエリクは苦い顔で二人の着替えを用意させ、天幕で着替えるように二人をせかした。風邪などひかれてはたまったものではなかった。
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