第8話 ふたりの王子
「ベア、毎日勉強では気が塞ぎませんか?」
すでにデーン王国に来て2か月が経ち、とても過ごしやすい初夏になっていた。暑くもなく寒くもない、気持ちのいい季節だ。
そんな天気の良い日の講義の後、オーロフは机に座ってうとうとするベアトリクスに尋ねた。
夜はヴァルデマーの警護をし、早朝は騎士たちと鍛錬を欠かさないベアトリクスはすでに眠くてあくびを止めるのに必死だ。昼時だが食い気よりも眠気が勝っている。
「ふえ…っ、失礼いたしました。寝不足でして…えっと、何でございますか?」
(寝不足なくらいヴァルと…なのに仲たがいをしてるなんて本当だろうか?ベアはいつも機嫌が良いし、神経質な弟の気のせいでは…)
ヴァルデマーから相談をされて1か月、オーロフはあくびを止めて目に涙をためたベアトリクスをじっと見つめた。無造作に後ろでまとめた銀色の髪は艶があり、そばかすの散った頬はバラ色で明らかに健康そのものだ。喧嘩で気が塞いでいるようにはとても見えない。
「良い季節ですし川下りなぞいいですよ。明日の午前はいかがですか?」
「そうですわねぇ…」
ベアトリクスもデーン王国に慣れてきたので、色々と見たりしてみたいと思ってはいる。しかし、最近オーロフがなにかとヴァルデマーに引き合わせようとするので怪しんだ。
先日などは昼寝を早めに切り上げてヴァルデマーと二人で夕方に観劇するはめになった。
その際のヴァルデマーの仏頂面を思い出して、ベアトリクスは瞬時に背筋が凍った。
なんせオーロフは天使のように無邪気にお節介で、明らかにヴァルデマーとベアトリクスの二人の時間を画策してくるので迷惑でしかない。
昨日などは、オーロフにはめられてベアトリクスとヴァルデマーの二人で夕食をとった。いつもエリク達と楽しくワイワイ言いながら食べるベアトリクスは、無言で栄養を摂取する苦痛を鍛錬だと思ってなんとか耐えた。
忙しいヴァルデマーにも著しく迷惑をかけるので、ベアトリクスはオーロフにこの際はっきり釘を刺すことにした。
「ねえ、オーロフ様…最近なにかしら企んでおられますよね?わたくしはお忙しいヴァルデマー様の邪魔になりたくないのです。実際お会いしても特に楽しそうでもなく、お話もありません。夜は一緒におりますのでお気遣いは無用です」
ベアトリクスにぴしゃりと言われ、オーロフは明らかにしゅんとなった。誰かが見たら虐めているようにしか見えない。ベアトリクスはあわててとりなした。
「も、もちろんオーロフ様のお心遣いは嬉しいのですよ。しかしですね…」
「…」
「オーロフ殿下、うちの公女がなにか失礼なことを申し上げたのでしょうか?私から厳しく叱っておきますのでご容赦下さいませ」
そこにやってきたのはニヤニヤ笑いを堪えているエリクだった。
「何を言っているのです、そんなわけないですわ。ね、オーロフ様?」
「はあ、まあ…」とオーロフはベアトリクスに言ってから彼女から離れ、こっそりエリクに耳打ちした。
「エリク殿も弟とベアが出歩けるよう協力願えないだろうか?ヴァルが落ち込んでしまって見ていられないのだ」
観劇をしてもベアトリクスを楽しませることが出来ず、食事を一緒にとっても一言も話すことが出来なかったヴァルデマーは雪だるま式に自信を無くしてふさぎ込んでいる。
(とはいえ、ヴァルデマー王子はいつも同じ仏頂面だからわかりにくいんだよな…可哀そうに。でも私情で申し訳ないが二人をくっつけるわけにはいかない!)
「オーロフ殿下、私から見ても今のお二人は調子が合わないご様子です。ここはそっと放っておくのはいかがでしょうか。私も独身でわかりませんが、おいおいしっくりしていくのが夫婦なのでしょう」
「しかし、王室においては結婚式から三年経っても子供が出来ない時は持参金倍額を持たせて離縁できるという法が出来たことだし、あまりゆっくりは…」
オーロフは心配そうな目をベアトリクスに向けた。彼女が傷つくのを想像しているのだろう。しかしそんなことは全くないと知っているエリクは笑いを堪えた。
「くくくっ…殿下、心配されずとも大丈夫です、うちの公女はそんな柔い玉じゃないので。ぷっ…」
「ひ、酷い言い様だな…でも確かにっ…はははっ」
とうとうオーロフまで笑い出したのでベアトリクスが、
「何よ、二人でこそこそと。もうわたくし部屋に戻ります!」
と言ってくるりと二人に背を向けたら、どしんと柔らかい壁にぶつかった。
「…も、申し訳ございません、うっかりしておりました…あ、ヴァルデマー様でしたか。ごきげんよう、さようなら」
ベアトリクスはふわりと妖精のようにお辞儀をし、部屋に戻っていった。
(あんな特殊な3人に気を使ってお昼ご飯を食べるくらいなら寝た方が百倍マシです。天然天使と馬鹿正直と意地悪に囲まれたくないですわ)
「…ベアトリクス…やはり俺は避けられている」
中庭にいたベアトリクスを見つけいそいそとやって来た王子だったが、速攻で逃げられてがっくりと肩を落とした。それを見てエリクはこっそり、
(ざまあみろ、ベアはおまえなんか目じゃないっつーの)
と思いつつ、
「いえ、殿下。公女は眠いだけですので、放っておきましょう」と朗らかにとりなした。いかにもベアトリクスは自分たちの国のものだと言わんばかりだが、二人の王子はそんなことを考えている余裕はなかった。
「避けてはいないと思いますよ、彼女はヴァルの時間を浪費しないよう気を使っているのです。あまり気に病むことはありません。ただ…」
「ただ、なんでしょう、兄上?」
「ヴァルは少し女性の扱いを勉強した方が良いのではないでしょうか?機会を作っても楽しく話せなければ意味がありませんよ」
「なるほど、考えつきませんでした!では兄上が教えて下さるのですか?」
弟の期待にオーロフはぐっと胸が詰まった。彼は司教の跡を継いで聖職につきたいくらいなので、女性に全く興味がない。
「そ、それは無理です!私も女性とお付き合いなどしたことがありませんので…」
二人の王子はぐるりと同時にエリクを見た。エリク達スタツホルメン公国の騎士たちはデーン王国の貴族の子弟に比べて体つきが良く野性的、毎日鍛えているので強くて力持ちだ。彼らがデーン王国の女性に酷くモテているのを王子たちは知っていた。
彼らの眼が期待に輝いているのを見て、エリクはここに来たことを後悔した。
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