第7話 相談
(ベアトリクスと会えた…!流石クロードだ)
熱心に講義を聞く美しいベアトリクスを密かに眺めながら、ヴァルデマー王子は親友に感謝して胸を熱くした。
「おいおい、ベアトリクス様はオーロフ殿下に毎日会ってるそうじゃないか。ヴァルも食事を一緒に取るとか、司教様の講義を一緒に聞くとかあるだろう?」
「うっ…しかし…別に…俺は…」
鍛錬の最中に親友クローディアスに最近元気がない事を指摘され、結婚式からベアトリクスと昼間に会えていないとポロリと言ったらひどく怒られた。
口ごもるヴァルデマー王子だったが、くどくは言わない友人が本気で心配しているのは知っている。ベアトリクスが『出来るだけ王子の目につかぬように致します』と言った通り、夜の王子の部屋以外では全く見かけもしない。
(しかしこれでは徹底し過ぎだ。なんとか夫婦仲を良く見せる為になどの理由を付けて会えるようにしなければ。とりあえず…)
しかし食事を一緒にとの提案はあっさり断られた。
「食事のマナーなど勉強不足ですので遠慮致します」と暗に『身分の卑しさ』を理由としたベアトリクスの返答に「そ、そうか…」ともごもご言ったヴァルデマー王子だ。要するに彼女は夜の警護以外は一切彼と関りを持つ気がないとわかって絶望した。
(こうなったらあの発言が愚かであったと正直に言って許しを請うか…しかし俺が謝るだと?!それは無理だ!)
そこで妥協して大嫌いなハリス教の勉強に参加することにした。
王子がベアトリクスの横顔を盗み見ていると、
「ヴァルデマー殿下はどのようにお考えですか」とヒウィル司教に尋ねられた。
ベアトリクスがヴァルデマーに顔を向けたので、彼は惚けた顔を整えいつもの冷たい表情でキリリと司教を見返した。
(先ほどベアトリクスが宗教の暴力性について質問していたな)
「宗教に何を求めているかによる。金や地位などを求める邪悪な心が何かを得るために暴力を使うこともあれば、善なる心が他人を助けるために慈悲を使う。信仰心があってもなくても人は暴力で誰かを殺すし、誰かを愛するのを止められないと…」
そこまで言ってヴァルデマー王子は顔をうつむけた。まるで自分がベアトリクスを愛していると言ったように感じて恥じ入ったが、その場にいる者は誰一人としてそんな風には思っていない。
(お、俺は彼女に申し訳ないと思っているだけだっ…!)
「なるほど…宗教心があるかないかよりも本人の悪性善性が宗教を道具として使う、ということですわね」
ヴァルデマー王子の意見に感心して考え込むベアトリクスを前に、本人は熱がこもった顔を隠すので精一杯だ。
「確かにハリス教は暴力を正当化することもありますが、非暴力ももちろん正当化してます。要は時代や国のモラルの問題ということでしょうか。私はどうあっても暴力は肯定できませんが、このように並んでいる弟夫妻を心から愛していますよ」
「兄様…」
オーロフ王子はベアトリクスとヴァルデマーが並んでいるのを眺めて嬉しそうに言った。司教も珍しく微笑んでいる。
ベアトリクスは『兄弟の仲がいいのは奇跡だわ』と感嘆した。このような環境でも関係がいいのは、長年の王や司祭の努力の賜物なのだろう。
「兄様、昼食をご一緒にいたしませぬか?」
「それは嬉しいですね。ベア、貴女もご一緒に」
ヴァルデマーがオーロフを昼食に誘ったのはベアトリクス目当てであった。しかし、その目論見はすぐに外れた。
「いえ、ご兄弟水入らずのお邪魔になりますので、遠慮させていただきますわ」
昼寝をしたいベアトリクスが断って去っていくと、オーロフは落ち込んだ弟を眺めて不思議そうに眼を細めた。
「どうしたのですか?毎晩同じ部屋で寝ている程仲がいいって城中の評判ですよ。まさかめったに来ない講義を受けてまで会いに来るほどの喧嘩を?」
「うっ…兄様、折り入ってご相談が…」
珍しくいかにも困り果てた弟を見て、オーロフは微笑んだ。
「もちろん聞きますよ。可愛い弟からの初めてのの相談ですからね」
二人は王族専用の中庭のテラスに昼食を用意させ、人払いをして密談を始めた。
オーロフの母親は身分が低いので、ヴァルデマーがベアトリクスのことを劣り腹の娘などと言ったことは口が裂けても言えなかった。ただ、式当日に己の未熟さから出た言動ですれ違っているとぼやかして説明した。
「ふうん…仲良くしたいけどベアに嫌われていて上手く話せない、と。でも謝るのは嫌なんですね」
しょんぼりとしたままこくんと頷くヴァルデマーが黒い子犬のようだ。弟からの初相談に白王子の善意が溢れる。
「わかりました、私に任せて下さい!ベアは優しいから大丈夫ですよ」
ヴァルデマーは深い緑色の瞳を輝かせて兄を見つめた。
そして今まであまり兄弟らしいことをしてこなかったのは、兄から声をかけてもらうのを待つだけで自分からこのように心を開くことがなかったからだと気が付き恥じた。
(…俺は兄が劣った身分だと無意識に見下していた。二人きりの兄弟なのだ、と父に散々言われていたのにも関わらずだ。それがどれほど高慢で愚かなことか、やっと今になってわかるとはなんと情けない…)
「ありがとうございます、兄様」
弟は柔らかい兄の手をぎゅっと握りしめた。剣など持ったこともなく、これから先も持つことのない美しい手だった。
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